3 透明な狩猟者
神威の声が霊刃を通じて響いた。
「修羅の力は確かに次の段階へ進んだが、命に関わる状況では、我は狩りを邪魔してでもお主だけは守る。これだけは忘れるでないぞ。」
その言葉を聞きながら、俺は霊刃を見つめた。
手に握る黒炎の霊刃――神威が宿るこの刃は、ただの武器ではない。
助言が届く念話。それは狩りの最中に正確な判断を下すための最強の武器だ。
神威の言葉があるからこそ、俺は幾度となく死線を超えてきた。
俺には他にも二振りの特殊刀がある。
ひとつは氷の刃。
その刀身から放たれる魔力は氷嵐を呼び、敵を凍結させる力を持つ。
火属性系の相手には圧倒的な有利を生み出す刃だ。
もうひとつは討伐のたびに体力と気力を回復させる癒しの刀。
この刃は、長期戦や連戦時に重宝する――
これらを使えば、十分に戦える。
むしろ、多くの狩猟者が羨むほどの装備だ。
だが、それでも――神威との相性には及ばない。
黒炎の霊刃を握った瞬間からわかる。
神威と俺の相性は特別だ。
刃を通じて伝わる鼓動。それはただの魔力ではなく、俺の意志と連動しているようにさえ感じる。
思わず考えたもし神威が俺の命を守るために狩りの自由を奪うような状況になれば
――黒炎の霊刃をここに置いて氷刀や妖刀を使って戦うべきだろうか?
神威の力を頼らず、自分だけで狩りを遂行する――
そんな考えが一瞬、脳裏をよぎる。
「修羅」その声が低く響いた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「我を置いて戦う―そんな思考が」
神威の声は冷静だが、その裏には鋭い感情が滲んでいた。
「読まれてるな」軽く苦笑しながら霊刃を握り直す。
「ちょっと考えただけだ」
「確かに、他の刃も優れた力を持つ。だが、修羅。我とお主の相性を超えるものではない。お主自身がよく知っているだろう?」
言葉を返すことができなかった。
俺は霊刃を見つめ直す。
手の中に感じる黒炎の脈動は、ただの武器の感触ではない。
神威と共にあるからこそ、狩りの興奮と高揚感を存分に味わえる――その事実が心に広がる。
「無用だなんて思っちゃいないさ」俺は静かに答えた。
「お前がいなきゃ、俺の狩りは成り立たない。それだけは確かだ」
神威の声が微かに柔らかくなった気がした。
「良いだろう。お主がその意志を抱き続ける限り、我もまたお主と共にあろう」
俺は深く息を吐き、霊刃を腰に収めた。
谷を吹き抜ける風が、次の狩猟場への道を照らしているように思える。
氷刀も妖刀も悪くはない――だが、俺が握るべき刃はやはり、黒炎の霊刃だ。
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冷たい風が森を吹き抜けるたび
枝葉が微かに揺れ
暗闇の中に淡いざわめきが響く。
俺は木々の隙間から目を凝らし
狩りの対象を追っていた。
Aランク魔物「ブラッドハウンド」の群れが
その鋭い嗅覚を頼りに冒険者たちを追い詰めている。
「奴らの嗅覚は鋭い。視界から消えただけでは通じぬぞ」
神威の落ち着いた声が霊刃を通じて耳に届く。
森の静寂を切り裂かないような、深い響きだ。
「分かってる」俺は僅かに口元を緩めながら答えた。
そのまま意識を集中させ、魔力を緻密に巡らせる。
空気の流れを読み、全身を覆う気配を完全に消し去る。
俺の存在は、ここでは風以下のものになった。
ブラッドハウンドたちの動きが止まる。
鼻腔を膨らませ、獲物の匂いを探るその姿は、飢えた猛獣そのものだ。
一瞬の間を逃さず
魔法陣を展開し
後方に
強烈な閃光を放つ魔法を発動
暗い森が突然閃光に包まれた。
魔物たちは目を焼かれるような感覚に吠え声を上げ、視界を奪われた混乱に陥る。
俺はその混乱の中心へ
音も立てずに
滑り込む
右手に握られた霊刃は黒炎を纏い
先頭にいた一体の首元を正確に斬り裂く。
刃が肉に沈み込む感触が手に伝わる。
硬い筋肉が裂け、骨が砕ける鈍い音。
鮮血が刃の根元に染み込み、黒炎が肉を焼き焦がしていく。
魔物は断末魔の叫びを上げることすらできず、黒い煙を上げて崩れ落ちた。
周囲のブラッドハウンドたちは、血の臭いに反応し低い唸り声を漏らした。
だがその瞳には、確実に恐怖が宿っている。
「奴らは群れでの連携が強みだ。長引けばこちらが不利になるぞ」
神威の言葉に、俺は軽く笑って応えた。
「暇を与える気は」
そのまま透明化を維持しながら距離を詰める。
次の魔法陣を展開し
群れの中心を狙って爆裂魔法を放つ。
轟音とともに土煙が舞い上がり、空気が震える。
数体のブラッドハウンドが爆発の衝撃で四散し、血肉が飛び散った。
内臓の破片が木々に引っかかり、黒ずんだ血が地面を染めていく。
さらに加速して、残った一体に霊刃を振り抜く。
刃が喉元に食い込み、気管が切り裂かれる感触が手に伝わる。
黒炎が魔物の体内を焼き尽くし、血の泡を吹きながらその巨体が崩れ落ちた。
最後の一体は後退を始めた。
恐怖に駆られたように逃げようとするその姿を、俺は冷静に見据える。
透明化を解き、静かに霊刃を掲げた。
「逃がすつもりは」
刃が振り下ろされると同時に
魔物の核を
正確に貫いた
黒炎が
その全身を覆い尽くし
咆哮が森に響き渡る
巨体が崩れ落ちる音と共に、再び森は静寂に包まれた。
俺の中を
歓喜の血が駆け巡る
全身に痺れるような達成感が広がり
脳が
歓喜の信号を全身に送り出す
ゆっくりと息を整え、地面に転がった魔石を拾い上げる。
その冷たい輝きは、この狩りの成功を物語っていた。
「完璧だったな」
神威の声が微かに満足げに響く。
それに俺は軽く笑いを返した。
「こんなものだ。次はもっと骨のある獲物がいい」
遠くでは、冒険者たちが討伐の痕跡を見て何やら騒いでいた。
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