2 嵐の残響

森に漂う焦げた匂いが、先ほどの激闘の名残を物語っていた。

地面に転がる魔石が静かに輝いている。

その冷たい光を見つめながら、俺は胸の内に湧き上がる感覚を噛み締めていた。


「狩りは良い……」

その言葉に神威の声が応じる。

「ここに至るまでの過程を忘れてはならぬぞ」

神威の声が低く、けれどどこか懐かしむように響いた。


俺はふと空を見上げる。

「……確かに、ここまで長かったな」

その呟きと共に、意識は過去へと遡る。



透明化の術――習得への道


かつての俺は、単独行動を貫きながらも限界を感じていた。

強大な魔物と戦うたびに、周囲の目や噂が付き纏い、煩わしさが増していた。


「勇者」と呼ばれていた。

魔王を討伐し、人々を救った英雄――そう語り継がれているらしい。

だが、あの戦いも俺にとってはただの狩りだった。

魔王という強敵を倒すことで得られる興奮――それが俺を動かしていただけだ。


平和や感謝に興味はない。



今も昔も俺が求めているのは

戦いの中での生きる実感と

強敵を討つ

快感だけだ



狩りを続けるために街を訪れることがある。

物資の補充や魔物の情報を得るためだ。


幻術で顔を変えているのは、人目に触れすぎると厄介なことが起こるからだ。

俺を知る者が俺の正体に気づけば、名を利用しようとする輩や過去に拘る者たちが面倒を持ち込んでくる。

顔を変えて店に入り、情報を集める。



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「幻術も悪くはないけど…もっと根本的に誰にも邪魔されない、ただ狩りに集中できる状態…こんなんになれる方法ってないのか?」

その問いを神威に投げかけたのは、静かな夜のことだった。

「望みを叶える術がある……が、それは…容易に手に入るものではないぞ」

神威の言葉は、挑発のようでもあり、助言のようでもあった。


俺はその時、迷うことなく答えた。

「構わない。必要なら手に入れるだけだ」


透明化の術を習得するには、まず自分自身を空間に溶かし込む感覚を掴む必要があった。

神威はその基礎を教えながら、魔力の細分化と集中力の向上を促した。


「お主の魔力は強力だが、荒々しい。それを微細に制御し、全身に均等に巡らせるのだ」

その指導に従い、俺は森の中で何度も瞑想を繰り返した。


初めて片腕だけを透明化できたとき、神威が呟いた言葉を今でも覚えている。

「第一歩だ。だが、完全な透明化には程遠い」


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半年が過ぎた。


透明化の術をほぼ完成させた頃、神威は次の試練を課した。

「修羅、術を実戦で試せ。Aランクの魔物『デスリーパー』を仕留めよ」


その言葉に従い、俺は森の奥深くへ足を踏み入れた。


デスリーパーは暗闇を巧みに利用し、鋭い鎌で獲物を仕留める魔物だった。


俺は魔力を全身に巡らせ、透明化を発動した

足音も気配も消し去り、デスリーパーの背後に回り込む。

だが、術を維持する集中力が一瞬途切れ、奴に気づかれてしまった。


「ミスか…だが、ここからだ」

俺は冷静に距離を取り直し、再び術を発動。


奴が視界を彷徨わせる隙に、霊刃を振り抜いた。


刃が奴の核を貫き

黒炎が

その体を焼き尽くしていく


魔物が崩れ落ちた瞬間、俺は術を解き、大きく息を吐いた。

俺の心臓はまだ高鳴りを続け、息が荒くなるのを感じる。


全身の力が抜けていくと同時に、満ち足りた快感が骨の奥まで染み渡る。

これが、俺が追い求めてきたものだと、脳裏に確かに刻み込まれる。


「透明化の術……これで誰にも邪魔されない」



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