39 夜半の隅田川 5


 ……むしゃむしゃ。

 パリパリ……。


「え……?」


 私の目の前には、ちっちゃな女の子がいた。

 おかっぱ頭で、真っ赤な着物の少女。

 目は狐のように細い。身長は、100センチあるか、ないかくらい。


「あ、あの……」


 おかっぱ頭の女の子の手には、クッキー? のようなものが握られてる。

 それを子リスのように、一心不乱にかじっていた。


 つんつんっ。


「え……? きゃっ! な、なに……? 羊……?」


 モコモコふわふわの毛の、羊が、目の前に居た。

 つんつん、と私に頭突きを喰らわしてくる。


「…………」むしゃむしゃ。

 つんつん。


 ……な、なにこの子供と、羊……。


「ハァイ~♡ 姉さんがお答えしちゃうよーん♡」


 ふよふよ……と空から、綺麗なお姉さんが降りてきた。

 和服を着崩している。


 もう、着崩すってレベルでは無い。胸なんて普通にポロンとでてるし。

 帯もゆるゆるで、足が太ももの付け根まで出ているっ。


「ち、痴女……」

「しっつれいしちゃーう。姉さんは、君の妖魔なのに~」


「姉さんって……前に私の中で聞こえた、あの声……」

「そ。あれ、姉さん♡ そんでもって」


 じゃーん! と姉さんが手を広げる。


「姉さんの正体は……ぬえさんなのでしたー!」

「ぬ、ぬえ……さん……って、私の……?」


「そそそ。姉さんでぬえさん、なちて。そんでもってー」


 ひゅんっ、と空を飛んで、ぬえさんが地上へと降りる。

 

「こっちのちっこいおかっぱ頭が、ザシキワラシ。んで、こっちの羊みたいなのが、饕餮とうてつ


 どれも……私に異能を与えてくださる、妖魔の皆さんだった。

 でも……どうして、お三方が……目の前に……?


「ここが霊廟れいびょうの中だからですぜー」

霊廟れいびょう……? 私の?」


「そうっ! 君の霊廟れいびょう……霊剣・荒鷹の中」


 私の霊廟れいびょうが……霊剣?

 でも……おかしい。


 霊廟れいびょうってたしか、結晶体だったはずじゃ……。


「並の霊廟れいびょうは皆クリスタル状だけど、強い魂を持つ人の霊廟れいびょうは、道具の形をしているのさ。君の魂は、特別に強い。それゆえ……伝説の宝具の形をとったってわけ」


 伝説の宝具……霊剣・荒鷹が、私の霊廟れいびょう……。


「ものすんごい霊力を使うから、普段は君の中に収まってるんだけど」


 他の装備型能力者達のように、霊廟れいびょうが常に出ていないのは、消費霊力が大きいかららしい……。


 私は……他にも聞きたいことがあったので、聞いてみることにする。


「ここが、霊廟れいびょうの中って……ほんとですか?」

「ほんとよ。霊廟れいびょうってつまり魂の結晶体。ようは、ここは……君の心の中みたいなもんだ」


 だから……体の中に飼ってる妖魔さんたちと、会えたってこと……。

 私はお三方に、頭を下げる。


「いつも、お力をお貸しくださり、ありがとうございます。あなた方のおかげで、大勢の人を、助けることができました」


 たとえば、饕餮とうてつ……さん。

 彼の異能殺しがあったおかげで、寄生型の黒服たちに、異能制御を付与できた。


 たとえば……ザシキワラシさん。


「貴女のおかげで、サトル様は失血死せずにすんだんですよね?」

「…………」むしゃむしゃ。


 あれだけの失血で死ななかったのは、幸運と言わざるを得ない。

 この子が……私に力を貸してくださったんだ。


「そして……ぬえさん。あなたのおかげで、水虎すいこの奇襲を避けることができました」


 深々と、私は皆さんに頭を下げる。

 この方々がいなかったら、私は……自分を、そして……。


「サトル様を、助けることが、できませんでした。本当に、ありがとう……ございました……!」


 てこてこ、とザシキワラシさんが近づいてくる。

 そして、ぽんっ、と肩を叩く。


 すりすり……と饕餮とうてつさんが私に頬ずりをしてくる。


「皆君を気に入ったようだね♡ ま、君の前世、前々世なんだけども」


 お二方がスリスリ、と私に頬ずりしてくる。 

 確かに前世たちが目の前に居るのって、不思議な気分。


「かくいう姉さんも、レイちゃんいっとう好きになっちゃった~♡ これからはガシガシどんどん、君に力を貸すぜ!」


 チカラ……ぬえさんのチカラ。


「あ、あの……ぬえさん。あなたの異能について教えてください。模倣こぴー、でいいんですよね?」


「ザッツライト! でも……条件があるんだよ」


 やっぱり、無制限にコピーできる訳じゃあないんだ。


ぬえの能力は、【食った妖魔の能力をコピーする】ってものなんだ」


「食った……妖魔……?」


「そ。ぬえさんが模倣こぴーするためには、妖魔……正確に言うと、相手の妖魔の霊力をがぶっと食べないといけないわけ」


 ……一つ、謎が解けた気がした。 

 模倣こぴー条件は相手を喰らうこと。


 でも、妖魔なんて食べられるわけが無い。

 だから……ぬえの能力者たちは、相手のチカラをコピーできず、結果、無能扱いされてたと……。


「でも、私、百春さまの異能や、サトル様の異能をコピーできてましたよ……?」

「そりゃそうでしょ。君……異能殺し持ってるじゃん」


 もしかして……。


饕餮とうてつさんのチカラ……異能殺しで殺した相手の能力を、模倣こぴーできるんですか……?」


「そう! ぬえさん単体だとあんまり意味ない能力でも、饕餮とうてつと組み合わせることで、【異能殺しで殺した能力を、自分のものにコピーできる】っていう、最強の組み合わせになるわけ!」


 相手の異能を防ぐことが、そのままこちらの手札を増やすことに繋がるのだから、すごい。


饕餮とうてつぬえ、二つの激レア妖魔を引かないと、この無敵コンボは完成しないんだけどねー。ま、そもそも異能を二つ持つ時点で不可能に近いんだけど」


 饕餮とうてつさんとぬえさん、ベストマッチ名組み合わせが、私の中に偶然あるなんて……。


「この天文学的な、奇跡のような組み合わせは、君の前世……ザシキワラシちゃんが居てこそなり立ったのだよ」


 ……ザシキワラシさんの能力は、超幸運。

 これを持つが故に、こんな……凄い奇跡みたいな組み合わせを手に入れられたんだ……。


「やっぱり……皆さん凄いです」

「いいや、それはちがうよ。レイちゃん。サトルちゃんも言ってたでしょ? 強い力を持ってるだけじゃ意味ないって。正しく使ってこそ意味があるんだと」


 確かに……そう、おっしゃってくださった。

「姉さんは君の元にこれたことを、うれしく思ってるよ。それに、饕餮とうてつとザシキワラシも、君が自分の来世の姿で良かったって思ってるよ。ねー?」


 うんうん、とお二方がうなずいてる。

 ……なんだか、自分で自分のことを褒められてるのに、とってもうれしかった。


「さて! これで色々答え合わせが済んだところで、そろそろ目覚める時間かな」

「目覚め……? あ、そうだ! 私……どうなってるんです?」


 水虎すいことの戦いの後、気づけば私は霊廟れいびょうの中にいたのだ。


「君はあの後疲れて、サトルちゃんの腕の中で眠っている状態なんだよ。お暑いねー」

「…………」ひゅーひゅー。


 ザシキワラシさんが口笛を吹いて、あおってくる。

 饕餮とうてつさんはその場に伏せてあくびしていた。


「君の霊廟れいびょうは、表に出すとかなり君自身の霊力を消費する。君がいくら無尽蔵に近い霊力を持ってても、出しっぱなしは危ない。だから……君には滅多に会えないけど」


「そう……なんですね」


 残念……。


「でも大丈夫! またサトルちゃんとちゅっちゅすれば、陰陽が完成して、霊剣が取り出せるからさ♡」


 ちゅ、ちゅっちゅって……。

 そんな、何度もできない……恥ずかしくて……。


「うぶだねー♡ ま、親密になれば、そのうち飽きるほどちゅっちゅするだろうし。今はいっか」


 すぅ……と周りに白い霧が立ちこめる。


「そんじゃ、またね~」


 ぶんぶん! とザシキワラシさんが両手を振る。

 饕餮とうてつさんは「めえ……」と鳴いた。


 私は……お三方に向かって、深々と頭を下げるのだった。

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