29 四月一日の当主 1



 極東王さまとの謁見を終えた私とサトル様は、王城のとある場所へ向かっていた。


 今日ここへ来た目的は二つ。

 王にご挨拶をすること、そして、科学班にて、私の異能を調べてもらうこと。


「科学班とは、どんな方々なのでしょう?」

「五華族が1つ、【四月一日わたぬき】家を中心として、極東の科学技術の発展に尽力してるチームのことだ」


「わたぬき……?」

「四月一日、と書いて、わたぬきだ。今から会いに行くのは、そこの当主、【四月一日わたぬき 百春ももはる】」


 極東五華族。

 この極東にて、強い権力を持つ、5つの家のこと。


「極東の科学がここまで発展してこられたのも、四月一日わたぬき家のチカラが大きい。特に、百春ももはる四月一日わたぬき家でも随一の技術力を持つ、天才職人なのだ」


「凄い御方なのですね」


 するとサトル様が渋いお顔をする。


「俺は心配だ……百春ももはるにレイを会わせるのが」

「どうしてですか?」


「やつはちょっと変わり者だから」


 そんなこんなしてると、科学班の研究室前へとやってきた。


「大変だ! 班長が!」

「班長ぉおおおおおおおおおお!」


 ……研究室の向こうから、なにやら悲鳴が聞こえてきた。


 私たちは研究室へと足を踏み入れる。

 所狭しと、薬品やら、謎のアイテムやらが溢れる室内。


 その奥で……白衣を着た方々が、集まっている。


「何かあったのか?」

「! 一条家のご当主様! ちょうどいいところにっ! 班長が!」

百春ももはるがどうした?」


「班長が……目を覚まさないのです!」


 た、大変……! 何があったのか知らないけど、すぐに……助けてあげないと。


 私はサトル様を置いて、先に、皆さんが集まる場所へと向かう。

 そこに居たのは、桃色の髪の、少年だった。


 少年が作業台の上に、ぐったりと……倒れ込んでいる。

 その手にはハンマーが握られており、そして、近くにはひび割れた結晶体。


「班長ぉ! 起きてください!」


 四月一日わたぬきさまは青白い顔をして微動だにしていない。

 肩を揺すっても、目を覚まさない。


「息……していない」


 ざわ……と皆さんが動揺する。

 四月一日わたぬきさまの命の火が消えかけているのがわかった。


 どうしたらいいんだろう。

 とりあえず生きてるかどうか……確認しないと!


 私は付喪神さまから貸していただいてる、眼鏡の宝具を取り出す。

 これは、霊力を見ることができる。


 前に、サトル様から教えて貰ったのだ。

 死者には霊力が無い、と。


 裏を返せば、霊力があればまだ生きてるということだ。

 私は宝具をかけて、四月一日わたぬきさまの体を見やる。


 彼の体から、霊力の光が感じられた。


「良かった……生きてます……かろうじて」


 私たちは安堵の息をつく。


「でも、なんで目を覚まさないのでしょうか……?」


 するとサトル様が近づいてきて、四月一日わたぬきさまの手を調べる。


 ひび割れた結晶体を見て、彼は言う。


「これは百春ももはる霊廟れいびょうだ」

「たしか、装備型能力者の皆様が持つ、妖魔を封じた結晶体でしたよね?」


「そうだ。百春ももはる霊廟れいびょうがひび割れてる……。霊廟れいびょうを、治せば、起きるかもしれん」


「!? どういうことですか?」

霊廟れいびょうは装備型能力者の魂から作られた結晶体だ。霊廟れいびょうに傷が入るということは、すなわち、こいつの魂が傷ついたということ」


 なるほど、ならば霊廟れいびょうを治せば、魂も修復され、彼が起きるかもしれない……と。


「俺が呪禁じゅごんで直そう」


 サトル様が懐から呪符をとりだし、そこに陽の気を吹き込む。

 むくむく、と呪符が膨れ上がって、小さな人形……式神となる。


 式神がひび割れた霊廟れいびょうに手を向けて、陽の気を送る。


 呪禁じゅごん

 霊力(陽の気)をアウトプットして、ケガや病気、そして壊れた物を直す術だ。


「すまんレイ。俺の呪禁じゅごんでは、直せないようだ。霊廟れいびょうの修復には、かなりの陽の気が必要みたいだ」


「わかりました。私も呪禁を使います」


 ざわ……と科学班の皆さんがざわつく。


「女性が呪禁じゅごん……?」「無茶だ、陰の気しか持たない女性が、どうやって陽の気を使うというのだ……?」


 私は両手に陰の気を宿し、そして一気に、霊廟れいびょうに陽の気を流す。


 みるみるうちに、ひび割れた霊廟れいびょうが元通りになっていく。

 そして、ひびわれは綺麗さっぱりなくなっていた。


「さすがだ、レイ。やはりおまえは凄いな」


 褒められてうれしい気持ちもあるけど、これで四月一日わたぬきさまが目覚めなかったらどうしよう……という不安の方が強い。


「なるほどなるほど……」


 むくり、と四月一日わたぬきさまが目を覚ます。


「そっかー。霊廟れいびょうを物理的に破壊することでも、能力者を無力化できるわけか。良いデータが取れたなあ~」


 四月一日わたぬきさまは起き上がる。

 ……あどけない顔に、ぱっちり二重。


 かなり可愛い、女の子と見まがうほどの、愛らしい顔つき。


 四月一日わたぬきさまは起き上がると、手元に、紙の束を引き寄せて、何かを書き込んでいく。


霊廟れいびょうには一日の使用制限がある。それを越えて能力を使うことで、霊廟れいびょうの機能は停止し、能力が使えなくなる。でも、まだ使用回数がある状態で、霊廟れいびょうを物理的に破壊することで、能力者は機能停止、下手すれば死ぬ可能性がある……と。ふむふむ! 実に、面白い!」


 四月一日さまは……にこっ、笑って私の手を握る。


「ありがとう、れいくん! 良い実験データが取れた!」


 この人、死にかけてなかっただろうか……?


「あ、あの……お体の具合はよろしいですか?」

「ん? 体? なんで?」


「だって死にかけてましたし……?」

「だから?」


 え、え、ええー……。


「おい百春ももはる

「さとるくんじゃん。どうしたの?」


 はぁ……とサトル様がため息をつく。


「おまえ……自分の霊廟れいびょうを、そのハンマーで傷つけたな?」


 え、ええええ!?


「うん、それが?」


 それがって……。


「前から気になってたんだー。霊廟れいびょうを物理的に攻撃したら、どうなるかなーって」

「き、気になっていたから、た、試したのですか?」


「うん。魂の結晶だから、死ぬ可能性があるっていうぼくの予想通りの結果だった!」


 死ぬ可能性がわかってうえで、この人は……霊廟れいびょうを傷つけたの……?


「な、変わったやつだろう?」

「は、はい……」

 

 すると四月一日わたぬきさまはとても無邪気な笑みを浮かべながら言う。


「あらためて! ぼくは四月一日わたぬき 百春ももはるっ。よろしくね、れいくん!」

 

 

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