26 極東の王 3



 私とサトル様、そしてりさと様の三人は、極東城の謁見の間へと通される。

 謁見の間は、畳の広いお部屋だった。


 上座には、一人の、美しい男性が座ってる。


「初めまして、レイ・サイガさん。わたしは……極東王、九頭竜くずりゅう 白夜びゃくやだ」


「………………え?」


 ……私は思わず、そうつぶやいてしまった。

 この人が……極東王……?


 確かに、一見すると、背の高い、4,50歳くらいの美男子に見える……。でも……。


「あ、あの……」


 私は、どういうか、迷っていた。

 これを言うのは、大変失礼にあたるかもしれないから。


「…………」


 サトル様が私を見てくる。

 ……やっぱり、変。


 サトル様が、こういうとき「どうした?」とか、「何かあったのか?」と、聞いてくる。

 でも……サトル様は、何も言わない。

 まるで私の出方を、試しているかのようだ。


 試す? 

 いったい……なにを?


「どうしたのかな、サイガ嬢?」


 微笑みながら、極東王が私に尋ねる。


「何か言いたいことがあるなら、正直に言った方が良い」

「…………」


 極東王さまもまた、私をまっすぐに見ている。

 微笑みながら、しかし、まっすぐ……私を見てる。


 言外に、私を試す、そう言ってるような気がしてならなかった。

 ……二人の雰囲気から、二人は……私を何かテストしてるのかがわかる。


 でも……本当に正直に言って良いのだろうか。

 いや、言え、と王はおっしゃったではないか。


 ここで、正直に答えないと、私の能力が低い、と思われる。

 それはつまり、一条家の格を下げることに繋がる。


 ……それは、駄目だ。

 一条家、そして、サトル様に……迷惑はかけられない。


「恐れながら、申し上げます」

「どうぞ」


「本物の、極東王、九頭竜くずりゅう 白夜びゃくやさまは、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 サトル様は目をむき、りさと姫も「おっどろいたー!」と言う。


「本物……とは? どういうことかな」


 優しい声音で、極東王様は言う。


「直感、の域を出ないのですが……その、極東王さまからは、人間の気配がしないと、いいますか……すみません。本当に、直感でもうしわけないのですが……」


 でも、思ったのだ。あ、この人……人間じゃあないって。


「なるほど……サイガ嬢は転生型能力者。元人外、だからこそ、人外、人間の区別が直感的にできるのだろう。素晴らしい素質だ」


 異能者には3タイプあって、私は前世が妖魔の、転生型能力者らしい。


「ご明察だ。わたしは、九頭竜 白夜本人ではない。彼の作り出した、式神だ」

「しき……がみ?」


「ああ。君を試すようなマネをして、すまなかったね」


 式神の極東王さまは立ち上がる。

 後ろの掛け軸に手をかけると、ぺら……とめくる。


「!? か、隠し通路……ですか」

「ああ。着いてきてくれたまえ。本物の、わたしをおみせしよう」


 極東王さまは、隠し通路の奥へと進んでいく。

 りさと姫も立ち上がると、とことことついていく。


「さ、行こうか、レイ」

「は、はい……」


 私はサトル様と並んで、隠し通路を進んでいく。

 真っ暗な闇の中、真下に……階段が伸びていた。


「あの……サトル様。すみませんでした……」

「? 何を謝ってるんだ?」

「その……偽物だと指摘してしまい……」


「ああ、良いのだ。あれは極東王からのテストだったのだ」


 やっぱり、テストだったんだ。


「しかし、まさか超硬度な幻術をも見破ってしまうとは。レイの見鬼けんきの才は恐ろしいな」


「けんき……」


「みえるもの、の総称だ。異能を持っていても、妖魔が見えるぬものは一定数いる」

「皆が皆、妖魔が見えるわけじゃあないんですね」


 ああ、とサトル様がうなずく。


「さらに優れた、特別な見鬼であれば、先ほどのレイのように、式神と本体を見分けることも可能だ。だが、本当にごく一部だ。俺も、最初はあれが偽物だと気づかなかった」


 サトル様でさえも、あの式神が偽物だって気づかなかったんだ……。


「ついたよ。ここだ」


 私たちは階段を降りきったそこは、地下空間だ。

 どこか、地下牢を思わせる。


「サイガ嬢。この先にいるのは、わたしの本体。だが……少々、醜い姿をしてるので、驚かないでくれるとうれしいな」


 極東王がそうおっしゃる。


「み、みにくくなんて、ないわよっ!」


 りさと姫が首をふるって言う。

 でも……足が震えてるのが、わかった。


 この先にいるのは、本当に、恐ろしいバケモノなのかもしれない。

 でも……関係ない。


 私は極東王さまに、ご挨拶にきたのだ。  その御方が、どんな姿だろうと……関係ない。


「わかりました。驚かぬようにいたします」

「ありがとう。では……」


 扉が、開く。

 鼻をついたのは、血のにおいだ……。


「血……? なんで……?」

「あれを見ればわかる」


 すっ……とサトル様が目の前を指さす。

 そこは、吹き抜けの地下空間となっていた。

 ……そして、巨大な地下空間を、埋め尽くすのは……白く、巨大な……バケモノ。


「妖魔……」


 そう、妖魔だ。

 巨大な、白い牛の妖魔だ。

 

 ただし、人の顔、6つのツノ。そして……九つの目。

 という、奇妙な見た目をした、巨大な牛の妖魔。


「ハクタク、という妖魔だ。そして……この御方こそ、我ら極東の王、九頭竜くずりゅう 白夜びゃくや様だ」


 この巨大な牛の妖魔が、極東王……。

 王の体には、何本モノ杭が、差し込まれてる。


 そして太い鎖で、体を縛られ、さらに呪符があちこちに張られてる。


「…………」


 りさと姫がきゅっ、と唇をかみしめて、うつむている。


 いったい……どういうことだろう? 妖魔が、極東の王だなんて……。

 疑問は、ある。でも、その前に……。


 私は、西の大陸ではごく一般的な、貴族の礼をする。


「お初におめにかかります。サイガ伯爵令嬢、レイ・サイガ。王命により、一条家に花嫁として、やってきました。以後……おみしりおきを」


 私の挨拶を見て、ハクタク……極東王様は、九つある目をまん丸にしていた。


『これは、驚いた……。この姿を見て、悲鳴をあげないだなんて』

「どんなお姿であろうと、あなた様は極東の王。サトル様の……仕える御方ですので」


『そうか……ふふ、はははっ。悟よかったね。とてもいい女性が、君の元へ来てくれたようで』


 サトル様は本当にうれしそうに笑うと、「はいっ!」とうなずいたのだった。


『では……改めて、初めまして。わたしが極東王、九頭竜くずりゅう 白夜びゃくやだ。よろしくね、サイガ嬢……いや、レイ、と呼んでいいかな?』


「は、はい! ご随意にっ!」

 

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