【Side】六反園 木綿(悟の幼馴染み)



 あたしは六反園ろくたんその 木綿ゆう

 老舗、【六反園ろくたんその呉服店】に生まれた長女だ。


 一条悟とは幼馴染みだ。

 王族である【九頭竜くずりゅう】、そして、一条家の着る服は、みんなうちで作られてるからだ。


 あたしは、知ってる。悟が……今までとても、苦しんできたってことを……。

 幼馴染みだから、知ってるんだ……。


 呪詛者じゅそしゃの呪いを、レイちゃんに解いて貰った後……。


「それにしても、一条家の花嫁様は呪詛者じゅそしゃに臆することなく立ち向かうなんて。悟様と同様、とても勇敢な御方だ」


 うちの旦那、佐吉はそう言う。


木綿ゆう? どうした……?」

「……悟はさ、勇猛果敢なんじゃあないよ。あいつ……結構びびりだし」


「そうなのか?」

「うん。雷嫌いなんだよね、あいつ。守美すみさんが……死んだ夜も、嵐の日だったし」


 ……一条 守美すみさん。

 悟の、お母様。


 とても綺麗で、それでいて……優しい人だった。

 悟が守美すみさんのこと大好きだったことも、そして……守美すみさんが死んで、誰より悲しんだことも……知ってる。


 守美すみさんの死を、引きずっていたことも……。


「信じられない。悟様は、妖魔に一人で立ち向かう勇気を持つ勇者だとばかり」

「まあ、大半の人たちはそう思ってるだろうね。でも……違うんだ。あいつは、世界最強の盾を持ってるだけの……普通のやつだよ」


 彼には最強の盾と、一条家、そして……【東都の守り手】という看板。いろんなモノを背負ってしまってる。


 そのせいで、彼は……弱い部分を、さらけ出すことができないでいるのだ。

 東都の民、一条家の使用人達、そして何より、死んだ守美すみさんのために……。


 彼は、最強でいないといけない。

 弱い心を、その強い力で覆い隠して。


 守美すみさんが死んでから、悟には……近づきにくくなった。

 あいつが、弱い部分をさらけ出さないようになったのだ。


 あたしが近くにいると、あいつは……昔を、思い出してしまう。

 弱い自分を。


 だから……あいつはあたしから距離を取った。

 あたしが結婚したときには、さすがに来てくれたけど。


 でも……それ以降は、あんまりこっちに顔を出さなくなった。

 今日だって、まるで他人みたいに振る舞いやがって……まったく……。


 ……あたしは悲しかったけど、悟の覚悟は、知っていたから。

 弱い自分をかくして、母のために、強くあろうとする、彼の意志を尊重したかった。


 だから……別に幼馴染みの彼から距離を置かれていても、特に悲しいとは思わなかった。


 寂しいな、とは思ったけど。

 幼馴染みあたしじゃ、結界の向こうにある、【素】の彼に触れて支えることができないんだって。


 けれど。


「レイちゃん……すごいよ……」


 レイちゃんは、違った。

 西の大陸からきた、サイガ家のご令嬢は、なんというか……変な子だった。


 妙に自分に自信が無いくせに、結構だいたんで、向こう見ずなところがある。

 でも……あたしはすっごく好感が持てた。


 だってさ、悟がさ……笑ってるんだもん。

 心から。

 そう……守美すみさんが死ぬ前の、悟がさ、いたんだもん。


 弱い部分をさらけ出せる、女性ひとに。


「悟……良かったね……」

「ゆ、木綿ゆう!? 泣いてるのか……?」


 佐吉があたしの肩を抱いてくる。


「うん……うれしくってね……幼馴染みが、やっと……幸せになれそうでさ……」


 レイちゃん、あんたもっと自信もっていいよ。

 この国の人間であれば、悟のことを知らない人はいない。


 でも……いや、だからこそ、かな。

 悟の家のことも、ツラい過去も、そして……悟と供に過ごしてきた時間も。


 それらがない、真っ白な貴女だからこそ……悟のことを、なんの偏見ももたず、ただ……素の彼を見て上げられるんだ。


 六反園ろくたんそのの家に生まれ、彼の幼馴染みとして育ってきたあたしじゃ……できなかったことだ。


「ねえ、佐吉。仕事さ、少し数減らしてもいい?」

「そりゃかまわないよ。おまえはこれから大変だし……」


 子供を産まないといけないからね、と思ってるらしい。


「まあそうだけど。そうだけどさ。あたし……レイちゃんの専属になりたいのよ」

「! い、いやそれは……だって、おまえの作る服をもとめて、北から南まで、たくさんの華族が来る。それくらい、おまえは凄い職人なのだぞ?」


 ありがたいことに、あたしの異能で作った服は、とても人気が高い。

 毎日凄い量の注文が来る。

 でも……。


「悪いけど、断ってくんない。あたし……レイちゃんに、いっぱい服を作ってあげたいの」

「そこまで……レイさんのことを?」


「うん。気に入った。あの子には幸せになって欲しい。いっぱいおしゃれして欲しい。なんか、すごくツラいこと経験してきたっぽいからさ」


 あの子は、自分に自信がなさ過ぎる。

 すごい恐縮している。何をするにしても、申し訳なさそうにしてる。


 多分、小さい頃から、いじめられてきたんだろうな。


「あたしは、あの子にもっと自信持ってほしいんだ。そのためには、たくさんおしゃれして、たくさん外に出て、知ってもらわないと。あの子が……光り輝く宝石だってことを」


 悟の横に並ぶに相応しい存在だってことを。

「この家、今あたしが頑張らなくっても、儲かってるでしょ?」

「そりゃまあ……。でも……ううん……うーーーーーーん……」


 旦那は苦悩してるようだ。

 今経営は全部旦那に丸投げしてる。


 今、旦那の頭の中ではいろんな葛藤が起きてるのだろう。

 でも……あたしはわかってるよ。あんたは、優しいやつだってね。


「よし、わかったよ。木綿ゆうの好きにすればいい」

「ありがとっ! さっすが、あたしの旦那様だ!」


 ばしばしっ、と旦那の肩を叩く。

 

「ま、おれもあの人たちには幸せになってほしからね」


 まったく、人が良いんだからこいつは。

 一条家に恩を売っておけば、莫大な利益が帰ってくるー……みたいな。


 そんな打算はないんだろうな。

 純粋に、悟には世話になってるし、それに……レイちゃんはあたしのことを助けてくれたから、って思ってるんだろう。


 優しくて、純粋で、だから……佐吉のことは好きだ。愛してる。


 あたしは……そういうタイプが好きなんだよね。

 だから……レイちゃん、あんたのことも、大好きになったよ。


 レイちゃん待っててねー! 


 あんたに似合う服、たっくさん作って、たっくさん着飾ってあげるんだからっ!

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