25 初めてのデート 7



 六反園ろくたんその呉服店を出た後、私たちは、サトル様おすすめの喫茶店へとやってきた。


【喫茶あるくま】という看板の、小さな、それでいておしゃれな喫茶店。

 サトル様は、ここは意外と穴場なのだ……と教えてくださった。


 私たちはしばらくここでお茶を楽しむ。


「やはり、あるくまの珈琲ゼリーは絶品だな~……うむ、美味いっ」


 ……からになったお皿を、私は見やる。

 珈琲ゼリー、パフェ、ケーキ……。


「サトル様、甘い物……お好きなんですね」

「ああ、大好物だっ!」


 彼は本当に幸せそうな笑みを浮かべてる。

 そして……。


「苦いモノは苦手なんですね」

「苦いからな」

「くす……」


 思わず、笑みがこぼれてしまった。その辺等の仕方とか、趣味嗜好とかが、子供っぽくって……つい。


「あ、すみません! 別に馬鹿にしたわけでは……」

「わかってる。子供っぽいと思ったのだろう」


 ……いつもだったら、ここで否定していただろう。

 相手に、怒られたくなかった。


 相手を否定することは、相手の不興を買うこと。

 ……サイガの家では、そうだった。でも……。


「はい……子供っぽくて、可愛いです」


 この家では、違う。

 サトル様は、違う。


 私のことを頭ごなしに否定しないし、正直に言ったところで、怒ったり、ましてや、暴力を振ることは決してない。


「そういうレイこそ」

「はい?」


 サトル様はにやっと笑って言う。


「意外と、無鉄砲なのだな」

「どういうことですか?」


「おまえは……いつも自信なさげだが。しかし、困ってる人を前にすると、後先考えずに、危険に飛び込んでいくだろう? 真紅郎しんくろうの時も。今日だってそうだった」


 ……呪詛者じゅそしゃを捕まえるときのことを、おっしゃってるのだろう。

 確かに、相手は強力な異能を使う犯罪者だった。


 でも……私は、立ち向かっていた。


「おまえは、弱いモノの気持ちがわかるんだな。だから助けを求めてる人を見て、ほっとけないのだろう」

「そ、そう……! そうなんです……! 自分や……母も、そうだったので」


 サイガの家で、私たち親子は社会的な弱者だった。

 私たちは弱いのに、誰も手を差し伸べてもらえない。そのつらさを、私は……知ってる。


「そうか。合点がいったよ。自信の有無は、関係ないんだな。おまえが、行動することに」

「そうですね……。そこにいるのが、か弱き存在だと……もう母にしか見えなくて……」


 だから、何も考えずに動いてしまうのだ。


「すみません、考え無しのバカで……」


 するとサトル様は微笑みながら、私の頭に、手を載せてくる。

 よしよし、と撫でてくださる……。


「そう自分を卑下するな。おまえは、立派だよ」


 ……この御方に、褒めてもらえると、うれしい。

 黒服さんたちに褒めてもらうときより、心が……温かくなる。


 それは、この人のことが……。


「おまえのその行動は、正義の行いだ。立派なものだよ」


 正義。

 人として正しい行い。……それを、私ができてる、とサトル様はおっしゃってくれてる。


 ……人として、認めてくださる。

 こんな、ゴミみたいな……私を。


「レイ。またおまえ、自分を卑下しようとしてるな」

「……サトル様は、凄いです。心を読めるのですから」


「心なんて読めないよ。俺はずっと、おまえだけを見ている。だから……わかるんだ。おまえは、素直だから。心と顔が直結してるのだよ」

「そ、そうなんですか……?」


「ああ。おまえのことばかり考えてる。おまえをことばかりを、ずっと……な」


 私をズッと見てるからこそ、私の心の変化を、すぐにキャッチできる。

 その理屈は……すとん、と腑に落ちた。


 ……そして、胸の中がきゅーっと、温かく締め付けられる。

 ……駄目だ。少しでも、口を開くと、言ってしまいそうになる。


 好き、って。

 でもまだ、怖くて言えない。望んだ相手から、拒まれるのは……怖いから。


「デート、楽しくなかったか?」

「いえ! 楽しかったです!」

「ははっ、これは本当のようだな。おまえは、本当に素直なやつだ」


 また私の心が顔にでていたのだろう。


「おまえのその素直さが、心地よいよ。極東の華族の娘は、皆心と顔が分離してるのだ」

「どういうことですか?」


「腹の中で思ってることと、顔に出ることは別ってことだ。笑顔ですり寄りならが、その実、俺の家の財産や、俺を所有することによる社会的地位を望んでいる」


 ……それは、西の大陸でもそうだった気がする。

 貴族の子女たちは、皆そうだ。


「でもレイは違う。レイは凄く、純粋だ。楽しいと思うと、顔に楽しいって出るし。うれしいと思うと、笑顔になる。俺は……そんなおまえの素直なところが、好きだ」

「…………!」


 顔が、熱くなる。

 心臓が、早鐘のように鳴る。


 ……好き、って、言ってくださった。

 それが……私の心を、ここまで……高鳴らせる。


 好きな人から、好きって言ってもらえるのって……こんなに……ドキドキすることなんだ。


「レイ。今日はおまえのおかげで、とても助かったし、楽しかった。ありがとう」

「とんでもない! 私こそ、楽しかったです。また……」


 口から出た言葉を、私は……引っ込めない。

 たとえ、図々しいと思われようと……。


「また、来たい……です。サトル様と……一緒に……淺草あさくさに」


 するとサトル様は、大輪のバラのような、美しい笑顔を浮かべる。


「ああ! 俺もだ!」


 サトル様が私の手を握り、顔を近づける。


「これから、たくさんデートして、たくさんの思い出を共有していこう!」


 ……サトル様のお手を、私は握り返す。


「はいっ!」


 こうして、私たちの初めてのデートは終了したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る