22 初めてのデート 6



 佐吉さんの実家に来た。

六反園ろくたんその 呉服店】と書いてあった。


 六反園ろくたんその、というのが佐吉さんの名字らしい。


 ……そして、改めて思う。

 このお店、大きい。

 立派な建物。広い店内。


 そして、きらびやかな和服や反物が、所狭しと飾ってある。


「さぁ花嫁様。お好きな服をお選びください。なんでもただでさしあげます」


 一つ、気になってることを……サトル様に尋ねる。


「もしかして、六反園ろくたんその呉服店って……老舗なのですか?」

「ああ。王族御用達の、老舗呉服店だぞ?」


 や、やっぱり!


 近くに飾ってあった、豪奢で立派な羽織の値段を確認するも……。


一〇〇〇〇〇〇〇〇圓えん


 いちおくえん……?


 1えんって、どのくらいの価値があるのか……わからない。


 でも、さすがに、これが高価であることはバカな私でもわかる。


「お、お気持ちはとてもうれしいのですが、その……遠慮させていただきたくぞんじます……!」


 ぷるぷる震える私に、佐吉さんはにっこり笑いかける。


「謙虚な御方なのですね。素晴らしい女性です。ただ……どうか受け取ってください。自分の命よりも大事な、妻と子の命を救ってくださった恩人への感謝の印なのですから」


「で、でも……」


 と、そのときである。


「一条家の花嫁さん」


 部屋の奥から、とても……綺麗なお人がやってきた。

 長くたなびく灰色の、艶やかな毛。


 ぱっちりとした二重に、大きな瞳。



 ピンと伸びた背筋に、大きな胸。


木綿ゆう! もう起きて平気なのか!?」


 佐吉さんが慌てて、灰色髪の女性のもとへ向かう。


「もう大丈夫だよ。ごめんね、佐吉。心配かけちゃって」

「いいのだ! おまえたちが無事なら! それで……!」


 うっうっ、と佐吉さんが涙を流してる。

 ……それだけ、この御方……木綿ゆうさまは愛されていらっしゃるのだろう。


「花嫁さま。本当にありがとうございました。あたしは、六反園ろくたんその 木綿ゆうと申します」

「あ、いや、その……無事で、良かったです」


 にかっ、と木綿ゆうさんは快活に笑う。


「良い子選んだじゃあないの、悟!」

「まあな、木綿ゆう


 ゆ、木綿ゆう……!? 悟!?

 ど、どういうご関係……?


「あ、ごめんごめん! 悟はあたしの幼馴染みでさ」

「おさななじみ……」


六反園ろくたんそのの家と一条家は、昔から交流があってね。なにせ、こいつんちの着てる服は、全部うちのだから」


 ということは、佐吉さんは入り婿ってことだろうか……?


「そ・れ・とっ! 変な勘ぐりしなくていいよっ。あたしの旦那様は、佐吉だけだしっ。悟は単なる幼馴染みで、まあ、男友達みたいなもんさ!」


 よ、良かった……。

 良かった? 

 まさか私……不遜にも、し、嫉妬していたのだろうか?


 なんてことだ。恐れ多すぎる。

 私ごときが、焼き餅なんて……


「可愛い! ねえ悟この子、ちょー可愛いじゃない!?」


 木綿ゆうさまが私に抱きついて、わしゃわしゃと頭を撫でてくださる。


「ああ、レイは凄い上に凄い可愛い」


 し、したり顔でうなずいていらっしゃるサトル様……。

 そんな……可愛いだなんて……。


「おっどろき……悟が本気で女の子好きになることがあるなんてねー」

「レイに誤解を招くような発言はやめろ」


 ……ああ、駄目だ。

 いいなぁ、って思ってしまう私がいる。


 サトル様と、こんな風に、気安い関係になりたいなって……。


「んーで? レイちゃんどれがいい?」

「れ、レイちゃん……」


「あ、駄目? あたしら歳近いでしょ? あたし18ー」

「お、同い年ですっ!」


「おー! 奇遇っ! じゃあ、木綿ゆうちゃんって呼んでほしいな~」


「よろしいのですか?」

「もっちろん! あたしら友達でしょ~?」

 

 ああ、お友達……。

 そんな……お友達が、できた……!


「良かったな、レイ」

「は、はいっ」


 うれしい……友達、ふふ……友達が……できたっ!

 友達できたよっ、お母様っ!

 

「友達できたくらいで、めちゃくちゃ喜ぶなんて……」

「色々、苦労してるのだよ、うちのレイは」


 なるほど、と木綿ゆうちゃんがうなずく。


「とっとと選んじゃおう! レイちゃんどれがいいかな~。淡い色が似合うとおもうけど~!」


 木綿ゆうちゃんが一緒に服を選んでくださった……ううん、くれた。

 これはどう? これ似合うかもっ。と。


 同い年の女の子と、一緒に服選びしてる……!

 それだけで、とてもうれしかった。


 ふと。

 私は、壁に掛かってる、とても美しい羽織に目を奪われた。


 真っ白な、生地。

 そして……藍色の蝶々の意匠が施されている。


 この白い羽織……。

 サトル様が着てる羽織に、似てる。


 サトル様の御髪にも……。


「それがお気に入り?」

「あ、う、うん……」


 にこーっ、と木綿ゆうちゃんが笑う。


「悟ぅ……! あんたのお嫁さん、あんたとペアルックがいいんだって!」

「ぺ、ペアルック!?」


 恋人同士が、同じ服を着るという……あれっ?

 わ、私ごときが、サトル様とペアルックだなんてっ。


「…………」

「さ、サトル様……? どうなさったのです……?」


「いや……感動していた。レイが、俺とおそろいの服を着てくれるのが……うれしくて……」


 ええっ。

 そ、そんな程度で……?


「俺が、こんな……普通の恋人同士みたいなことを、できる日がくるなんて思ってもいなかったからな……」

「……そっかそっか」


 と、木綿ゆうちゃんが悟様の肩を叩く。


「んじゃ、ま! ぱぱっとサイズ調整しちゃうね!」

「え、えっと……別にこれがいいとは……」


「これがいいよ。悟もこれ気に入ってるみたいだし?」

 

 サトル様が強くうなずいてる。

 で、でもおそろいの服を着るのはやっぱり恐れ多いような……。


「もう決定でーす。じゃ、動かないでね」


 木綿ゆうちゃんが私に羽織をきせる。

 ちょっと、私には丈が長い。


 次の瞬間、羽織のサイズが私ぴったりに変化した。


「異能?」

「そ。あたしには、【一反木綿】の異能がある。触れた布を自在に操る異能さ!」


 それで、羽織のサイズを私に合わせてかえたんだ……。


「ほら、似合う! ちょーお似合い! ほら、二人並んでっ!」


 サトル様と二人、並ぶ。

 彼もまた、白く美しい羽織を着てる。


 でも、サトル様のには、翡翠の糸で六角形の意匠が随所にほどこされてる。

 亀の甲羅みたいな……。


「最高よ! お二人さん!」

「ありがとう、木綿ゆう。最高のモノをチョイスしてくれて」


「どーいたしましてっ」


 サトル様とおそろいは……やっぱりちょっと気が引ける。

 でもサトル様が、喜んでくださってるのなら……。


「あの、木綿ゆうちゃん。ありがとうございます」

「これからも、よろしくっ、レイちゃん!」


 こうして、私は新しい羽織をもらい、そして……友達が、できたのだった。

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