21 初めてのデート5



「観念するのだな、呪詛者じゅそしゃよ」


 呪詛者は逃げようとするも、サトル様の強固な結界に閉じ込められ、手も足も出ない様子。


「なにしやがるんだ!? おれが何したってんだよおぉ!?」

「おまえは佐吉の奥方に呪いをかけただろう?」


「はんっ! 何を証拠に!?」

「レイが、そういったのだ。レイは霊力を見る特別な神器を持っていてな」


「はぁ!? そんなうっすい根拠で、おれを取り締まれるとでもおもってんのかよぉ!? おれがその女をやったっていう証拠はどこにあるんだ!?」


 ……確かに霊力の残滓が、この呪詛者じゅそしゃからするということ以外に、証拠はない。

 どうしよう……と私が呪詛者じゅそしゃを見ていたそのときだ。


 ぼんやり……と彼の体が黒くなり、その内側に……奇妙なバケモノが浮かび上がった。

 あれは……妖魔?


 一見すると、老婆のように見える。

 全身にブツブツ……疱瘡ができている。


「サトル様。全身に疱瘡のある、老婆の妖魔っていますでしょうか?」

「【疱瘡婆ほうそうばばああ】だな。相手を病気で弱らせ、最終的に殺して食う妖魔だ」


「疱瘡婆……もしかすると、あの人の異能は、それかもしれないです」


 すると呪詛者がギョッ、と目をむいていた。

「な、なぜわかった! って、ああ! しまった……!」

「どうやら間抜けは見つかったようだな」


「ちくしょう! なんでだ!? 人の飼ってる妖魔なんて、本人以外にわかるわけないのに!?」

「ふっ……レイにはわかるのだ。なぜなら俺のレイは特別だからだ」


 私が、というより、付喪神さまからいただいた、この神器が凄いような気がするのだけど……。

 霊力を見るだけでなく、相手の妖魔まで見抜いてしまうなんて、本当に凄い神器だ。


「異能を解け。さもなくば……どうなるかわかってるな?」


 サトル様が脅すと、呪詛者はひっ! と悲鳴を上げる。


「ざ、残念だったな! 疱瘡婆の呪いは、相手が死ぬまで永続する! 解除したいなら、おれの霊廟を破壊するしかないなぁ!」


 霊廟……。

 確か、装備型能力者が持つ、妖魔を入れておく結晶。


「霊廟を破壊すると妖魔が暴走し、能力者であるおれが妖魔に食われて死んでしまう! お優しい一条家のご当主様に、そんなことができるかなぁ……! ぎゃははは!」


 寄生型能力者が、霊力を失うと、妖魔に体を乗っ取られてしまうという。

 装備型の型は、霊廟を失うと、同じようなことが起きてしまうみたい。


 サトル様がギリッ、と歯がみしている。

 こんな悪人が相手であろうと、情けをおかけになられてるのだ。


 ……優しい人。

 そんな彼の優しさを、利用して、あの人は自分の安全を保証しようとしてる。


 サトル様に、優しくして貰ったからこそ、その優しさを利用する人が……許せない。


「サトル様。私、結界の中に入ります」

「レイ! 駄目だ! 危険すぎる……レイ!」


 ……サトル様が止めてくださる。勝手なマネをして、申し訳ありません。

 しかし疱瘡婆の異能が、相手を死に至らしめるものだと聞いた以上、一秒でも早く対処しないと。


 でないと、佐吉さんや、淺草あさくさの人たち……そしてなにより、サトル様が悲しんでしまう。


 そんなのは、駄目だ。

 絶対に、駄目だ。


 私はサトル様の結界に触れる。

 結界の一部に穴が空いた。


 私が中に入り、疱瘡婆の呪詛者じゅそしゃと相対する。


「ば、バカな女だ! 食らえ……!」


 呪詛者じゅそしゃがこちらに向かって手を伸ばしてくる。

 私の腕を掴んで、にやりと笑う。


「勝った……! これで貴様は疱瘡婆の呪いがかかったぞぉ……! 死にたくなければ、あの男に言うことを聞かせるんだな!」


 私は……言う。


「いえ、その必要はありません。なぜなら……あなたの異能は、私が殺しました」


 私の手には、一枚の綺麗な布が握られてる。

 さっきまで、この人が顔を隠す時に使っていた布だ。


「これが、霊廟なのでしょう?」


 一見すると布に見えるけど、でもよくみると、淡く輝いているのがわかる。


「霊廟って、全部が結晶ではないのですね」

「ば、バカな……!? なぜそれが霊廟だと……ぶげえ……!」


 サトル様が近づいてきて、呪詛者じゅそしゃの頬を殴りつけた。

 相手は一発ノックダウンしていた。


「レイ……!」

「サトル様っ」


 サトル様が私のことをぎゅーーーーっと、抱きしめてくださる。


 ……少し、痛いくらい、強い。

 でもそこから伝わってくるのは、彼の私への思い。


「……心配したぞ。おまえが、たとえ異能を殺す力を持っていたとしても、相手は危険な呪詛者じゅそしゃなのだから……」


 ……サトル様の声が震えてる。

 本気で、私の身を案じてくださっていたんだ。


 うれしい……。


「しかし、レイよ。よくぞこれが霊廟だと見抜いたな。ただの布きれにしか見えぬのに」

「付喪神さまの、眼鏡のおかげです。この布からは、疱瘡婆の力が感じられましたので」


 あとは、布を手に取り、異能殺しを発動させただけだ。


「こいつの異能は、霊廟を破壊しないかぎり、永続するといっていた。でもこの霊廟に触れたことで、呪いの効果が綺麗さっぱり消えてる。これは……とんでもないことだ」


 そんなことよりも、私は気になっていることがある。


「佐吉さんの奥方の様子を見に行かないと……」

「悟様ぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 こちらに向かって、佐吉さんが駆け寄ってくる。

 瞳に涙を浮かべながら、何度も、サトル様に頭を下げる。


「ありがとうございます! 妻が……快復しました!」

「おお、本当かっ。良かったなっ!」


 サトル様が心からの笑顔を浮かべる。

 佐吉さんも、笑顔で、……私はそれが見れて十分だ。


「なんとお礼を言って良いことやら……」

「それはレイに言ってくれ。今回の事件、レイの活躍無しに、解決はできなかった」


 ……言って、佐吉さんは私を見やる。

 そんなすぐに、こんな異国の娘を信じるだろうか……?


「ありがとうございます!」


 ばっ! と佐吉さんが私に深々と頭を下げた。


「あなた様のおかげで、妻が生きながらえました! 本当に感謝しております!」

「あ、え……っと……その……信じてくださるのですか?」


「もちろん!」


 ……なんと、心の清らかなかただろう。

 極東の人たちって、皆人たちばかりだ。


「すごいよ花嫁ちゃん!」


 悟さま大好きファン倶楽部のおばあさまがたが、拍手してくださる。


呪詛者じゅそしゃに立ち向かうなんて! とても勇敢だねえ!」

「美しいだけでなく、強さももちあわせてるなんてっ!」


「悟ちゃんはいい女を捕まえたよぉ!」


 わ……! とファン倶楽部以外の、淺草あさくさの人たちが、拍手してくださる。


 こんな私を、褒めてくださる。

 なんて……皆いい人たちなんだろう。


 淺草あさくさの人たちの笑顔を見ながら、私は……そう思ったのだった。

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