20 初めてのデート 4



 私は付喪神さまから、眼鏡を受け取った。

 社には同じものが鎮座してる。


 私が貰ったのは複製されたものらしい。


「レイ。それはなんだ?」

「付喪神さまから、いただいたものです。宝具とか……」


「!? 付喪神からモノを貰える機会なんて滅多ないと、母上から聞いたことがあるぞ。よほど……気に入られたのだな」

 

 呪禁じゅごんを使って、ただ、付喪神さまの本体を治しただけ。

 それなのに、神器までいただいてしまい、申し訳ない……。


「あ、あの……これ、どうすればいいでしょうか?」

「まあ、おまえが貰えばいいのではないか?」


「でも……わ、私ごときがもらっていいものじゃあないですよね?」


 神器は、市場に出回らないと聞いた。

 それほど高価なものを、私のような人間が、もらっていいのだろうか……?


「付喪神がおまえのために用意した贈り物を、受け取らないほうが失礼に当たると俺は思うぞ」

「で、ではせめて……この神器は一条家で所有してください」


「いや、これはレイが……」

「いえ、サトル様が……」


 押し合いへし合いしてた、そのときだ。

 

「きゃっ」


 私が体勢を崩して、転びそうになる。

 サトル様がとっさに私を抱き支えてくださった。


「あ、ありが……」

「あーーーーーーーー!」


 大声が、後ろから聞こえた。

 街の人たちの視線が、一斉にサトル様に集まる。


「悟さまだぁああああああああああ!」


 ここは淺草寺の中。周りには、たくさんの参拝客がいる。


 サトル様のお顔を見ると、さっきまでかけていた、認識阻害のまじないがかかった眼鏡が……外れていたのだ。


 足下に落ちてるそれを、サトル様が広上げながら、苦笑する。


「バレてしまったな」

「ご、ごめんなさい……」


 私がドジなせいで、見つかってしまった……。サトル様がせっかく準備をしたモノを無駄にしてしまった……。


 わ……! と若い子たちが一斉に、サトル様のほうへと集まってくる。


「「「一寸ちょっと待てい!」」」


 ざざざっ! とサトル様の前に……おばあさんたちが、集まる。


「出たわね、【悟さまファン倶楽部】のババども!」


 さ、悟さま……ファン倶楽部!?


「わしらの悟ちゃんに手ぇ出すなんざ100年はやいわー!」

「悟ちゃんは皆の悟ちゃんじゃろがい!」


 と、おばあさんたちが、サトル様を皆さんから守っている。


「こ、このかたたちは……?」

「昔からの馴染みのご婦人たちだ」


 ニコッ、とサトル様が笑う。


「ありがとう、ご婦人たち。皆、愛してるぞ」

「「「きゃー! かっこいー!」」」


 さ、サトル様……お年寄りからもモテモテなんだ。

 仕方ない……。かっこよくて、美しいもの……。


 ……胸が、きゅっと締め付けられる。

 相手がおばあさんたちだとわかっていても……。


 サトル様に笑顔を向けてもらえるのが、うらやましくて……嫉妬してしまう自分がいた。


「悟ちゃん、そこの可愛い嬢ちゃんは……?」


 するとサトル様は「おお、そうだった」と言って私の肩を抱く。


「紹介するぞご。俺の花嫁だ」


 ぽかん……とするおばあさんたち。

 若い娘たちは、その場ふら……と崩れ落ちる。


「おー! 花嫁ちゃんかー!」

「悟ちゃんにお嫁さんができたなんてなぁ!」

「こりゃあめでたいのじゃああ!」


 おばあさんたちは歓声を上げる。

 一方で、娘達はシクシク……と涙を流してる。


「ああ……ついに来るべき日がきてしまったわ……」

「しかたないわよね、悟様は極東五華族の当主だもの……」

「いつしか結婚して仕舞われるのはわかっていたけど、落ち込んじゃうわ~……」


 泣いてるのは一部の若い娘達だけで、他の皆さんは(おばあさんたち含む)、祝福ムードだ。


 と、そのときである。


「悟様! たすけてくれっ!」


 人混みを分け入って、男のかたが、私たちの前へとやってくる。

 とても、綺麗なお洋服を着ている。


「呉服屋の佐吉さきちじゃあないか。どうした?」


 どうやらお洋服屋さんのかたらしい。

 佐吉さんがサトル様に言う。


「うちの女房が……謎の奇病にかかっちまったんだ! 薬師が言うには、妖魔の仕業かもって……」

「! わかった、すぐに行こう」


 サトル様がうなずくと、佐吉さんと一緒に行こうとする。


 妖魔の仕業。

 なら……私も力になれるかも知れない。


 ……私は、たくさんサトル様と、黒服さんたちに、優しくして貰ってる。

 でも彼らに、私は何も返せていない。


 こんな屑で無能の私に、何ができるのかと言われると難しい。

 での、少しでも、人の、そしてサトル様たち……一条家の役に立ちたいのだ。


「私も同行させていただけないでしょうか。妖魔の呪いなら、異能殺しが、役に立てるかと」

「! そうだな……頼む」


 私たちは佐吉さんとともに、仲店の一角に構える、呉服屋さんへとやってきた。

 奥へ行くと、一人の女性が寝かされている。


 だけど、その女性の顔には、布がかけられてる。

 体も、布団のなかにすっぽり入ってる。


 薬師らしき老婆が、サトル様を見て言う。


「一条家のご当主様!? これはいいところにっ」

「薬師よ、何があった?」


「実は……呉服屋の奥方が、奇病にかかってしまいましてな……」


 薬師のおばあさんが佐吉さんを一瞥する。

 佐吉さんはうなずき、奥さんの顔にかかってる布を……外した。


「!? こ、これは……酷い……」


 小さなできものが顔のそこいら中にできている。


「顔だけでなく、全身の肌がこの通りなのです……」

「……こうなったきっかけはあるか?」


 佐吉さんは首を横に振る。


「わかりません。ただ……妻の妊娠が先日発覚し、その日の夜に、こうなってしまいました」


 そのタイミングで病気になった……と。

 サトル様が周囲を見渡す。


「この部屋に妖魔はいない。すでに呪いをかけ、去っていった後なのだろう……。レイ、頼む」

「はいっ」


 妖魔の呪いならば、異能殺しで、打ち消すことができる。

 苦しんでいる、佐吉さんと、そして奥さんを、早く救って上げたい。


 ぴた……と私は奥さんの肌に触れる。

 しゅううう……とブツブツが消える。


「おお! 疱瘡がなおっていく……!?」


 薬師のおばあさんが歓声を上げる。

 けれど、すぐにまた、肌が疱瘡とやらに包まれていく。


「これは……妖魔の仕業ではないな。【呪詛者】の仕業かもしれん」

「じゅそしゃ?」


「異能をもちいて、犯罪者を行うやつらのことだ」

「! そんな……異能の力を、人を不幸にするために使う人がいるなんて……」


 異能は、人を守るためにあるものだ。


 この力を、私利私欲を満たすために使う人が居るなんて……許せない……。


「呪詛者はこの近くにいるのだろう。異能を使い、佐吉の奥方に呪いをかけ続けているのだ」


 呉服屋の外には、大勢の見物人で溢れている。


「参った……この中から見つけるのは、至難の業だぞ……」


 そのときだった。


『嬢ちゃん嬢ちゃん』


 懐にから、老人の声が聞こえてきた。

 付喪神さまの声だ。


『わしの与えてあげた、神器を使うのじゃあ』


 眼鏡の神器を私は取り出す。

 使う……? これを使えば、どうにかなるのってこと……?

 

 私は言われるがままに眼鏡をかける。

 すると……私の目には、奇妙な光景が映った。


「どうした、レイ……?」


 サトル様からは、激しい光。

 その他の人たちからは、ほどほどの光量の、光。


『その眼鏡をかけると、相手の霊力を可視化できるようになるだけでなく、霊力を注ぎ注視することで、相手の妖魔の正体がわかるんじゃあ』


 ! 霊力を……視認できる神器ってこと……?

 奥さんの体からは、二種類の光が立ち上ってる。

 一つは奥さんのだろう。

 

 でも……じゃあもう一つの光は……。

 二つ目の光が、外へ向かって伸びてる。


 異能は霊力を用いて使われる。ならば……。


「サトル様、呪詛者の位置がわかりました」

「! 案内してくれ!」

「はい。外に……って、きゃあっ!」


 サトル様は私をお姫様抱っこすると、外へと猛スピードで駆ける。


 入り口には見物人たちがいる。


「失礼!」


 たんっ、とサトル様がジャンプする……。

 空中の、何もない場所に着地した。す、すごい……。

 どうやって……?


 いや、今はそれどころじゃあない。


「! あそこの、顔を隠してる、男です!」


 私が指を向けると、呪詛者はビクッ、と体をこわばらせ、そして逃げ出した。


「【結】!」


 呪詛師の周りに結界が張られる。

 結界に閉じ込められた呪詛者が、その場で拘束される。


「レイ……お手柄だぞ!」

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