19 初めてのデート 3



 仲店通りを、私たちは並んで歩く。

 あちこちから、とても美味しそうな匂いがしてくる……。


 店先には色とりどりのお菓子が並べられてる。

 その場で焼いてるものもあって……なんだか、とっても美味しそうだ。


「レイ! 人形焼きを買ってきたぞっ。一緒に食べよう」

「にんぎょう……? お人形さんを焼くのですか?」


「違う違う。ほれ」


 紙袋を、サトル様が渡してきた。

 いつの間に買ってきたんだろう……?


 袋開けると、手のひらサイズの、焼き菓子が入っていた。

 ふわり……と小麦粉の美味しそうな香りがする。


「どれ一口……うむ! うまいなっ」


 歩きながら、サトル様が人形焼きを頬張。


「あ、歩きながら食べるのは……その……行儀が……す、すみません。口答えして」

「そんなこと気にしないぞ。ほら、皆そうやってる」


 確かに、周りの人たちも、人形焼きを始め、いろんなモノを食べながら歩いてる。


「今こうして、食べ歩きという文化があるのだ」

「な、なるほど……で、では……私も……その……一口いただきます」


 正直、人形焼きからただよう、甘い香りに、耐えきれなくなっていたのだ。

 一口……食べる。


 ふわふわ……。パンのような柔らかい食感。

 噛むと、中から甘いあんこが出てくる。


 焼きたてで、ほっくほく。あんこと小麦、二つの甘さが渾然一体となって……。


「美味しいですっ!」

「そうだろう? 淺草あさくさの名物は他にもたくさんある。全部、レイに食べて欲しいっ」


「そ、そんな……いいのですか?」

「無論だ。俺の生まれ育った街の味を、おまえにも知って欲しいのだ。俺を……知って欲しいからな」


 ……サトル様を、知る、か。

 そういえば、私は一条家のご当主様で、とてもお優しいかた、以外の情報を、何も知らない。


 もっと、知らないと。

 だって私はこの御方の、花嫁として嫁いだのだから……。


「レイよっ。あっちで芋ようかんを売ってるぞ! いくぞ!」

「え、あ、は、はいっ」


 彼が私の手を引いて、前を歩いてくれる。

 その後、彼は少し歩くたびに、御菓子を買ってくださった。


 サトル様……甘い物大好き過ぎる。

 何か美味しそうな御菓子を見つけると、即座に買うのだ。


 そして逆に、渋いものは苦手そうだ。

 お茶や珈琲を進められても、購入しない。逆に甘酒を買うくらいだ。


 甘い物に目がないところは……ちょっと子供っぽくって、その……可愛いと、思ってしまった。


 もちろん、本人にそんなことは、言えないけれども。


「レイは、あれだな。可愛いな」

「ど、どうしたのですか……? 急に……?」


 仲店を歩いてると、サトル様がニコニコしながらおっしゃる。


「レイはどんなものも、とても美味しそうに食べてくれる」

「事実、極東の御菓子はどれもおいしいので」


「そうか、良かったよ。おまえが……俺の故郷の菓子を美味しいと、心から喜んで食べてくれて、うれしいよ。それに……」


 ……そっ、とサトル様が私の口元に手を伸ばす。

 そして、すっ、と何かを拭う。


「あんこが付いていたぞ」

「! す、すみません……って、ああっ!」


 サトル様が、私の口についたあんこをそのまま食べたのだ。


「そ、そんな! 汚いです!」

「なにがだ? おまえのものは全てて綺麗だよ」

「そ、そんな……冗談はおよしください」

「冗談ではないのだがな」


 そんなふうに、和やかに、私たちは仲店を見て、食べ歩きをした。


 その後。

 お寺の本堂という場所へと向かい、供にお祈りをする。


 極東にはたくさんの神様がいると信じられてるそうだ。

 八百万の神というらしい。


 お参りをして、淺草寺を去ろうとしたそのときだった。


『おおぉーい……たぁすけてぇ~……』


 どこからか、声が聞こえてきたのだ。

 誰か、助けを求めてる……?


 知らず、私の足はその声のほうへと導かれる。

 理由を聞かれると、答えに窮してしまう。


 でも……体が動いてしまうのだ。

 困ってる人を、ほっとけない。


 私に力があるとか、ないとか、自信の有無は関係ない。

 ただ、困ってる人を見過ごせないというだけ。


 困っているとき、誰も助けてくれないつらさは理解してるから、かな。


「レイ、どこにいくのだ?」

 

 淺草寺のはずれまでやってきた。

 小さな……古びた社があった。


「ここから、助けを求める声が聞こえてきて……」

「声……?」


『たしゅけてぇ~……』


 小さな社の根元に、なにかがいた。

 小さな……これは……。


「お猿……さん?」


 そう、小さなお猿さんがいたのだ。

 ただのサルではない。少し透明かかっており、さらに、お洋服を着ているのだ。


「まさかレイ……付喪神が見えてるのか?」

「付喪神……?」


「ああ。古びた道具が、年を経ることで、神霊となったものを言う」

「神霊……神様、ってことですか?」


「そうだ。俺の母も、付喪神が見えていた。俺には見えないがな」


 なるほど……

 お猿さんが目の前に居るのに、サトル様は全く見当違いなほうをみてる。


 私にしか、付喪神さまは見えていないんだ……。


「あの、付喪神さま、でしょうか?」

『おお! 嬢ちゃん……わしが見えてるのかぁ~? これは助かる! なあ嬢ちゃん、助けて欲しいんじゃあ』


 助けを求められれば、拒むことはできない。

 だって、可哀想だから。


「わ、私にできることであれば……」

『ありがたい! そこの社の中にな、眼鏡が入ってるじゃろぉ?』


 私は社の扉を開ける。

 確かに、ひびわれ、さびついた眼鏡が入っていた。


『これはわしの本体でなぁ。もう壊れる寸前でのぉ。これを治してくれはくれないかい?』


「わかりました。ちなみに、壊れたらどうなるのですか?」


『安心せえ』


 なんだ、そこまで大事にはならないのか。


『わしが死ぬだけじゃあ』

「大事になるじゃあないですかっ」


 すぐに治さないと……。


 しかしどうやって……?

 そういえば、サトル様は呪禁じゅごんでものを修復していた。


 なら、私にもこの壊れた眼鏡を、修復することは可能では……?


 やってみよう。


 私は陰の気を組み合わせ、呪禁じゅごんを発動する。


『ふぉおお!? ち、力が湧き上がってくりゅぅううううう!』


 ぱぁ……! とお猿さんの体が光。

 そして……眼鏡が元通りになると……。


『うぉおお! 元気もりもりじゃあ!』


 付喪神さんの体がはっきりとした姿になったのだ。


『ありがとうっ、お嬢さん。あんたは命の恩人じゃあ。お礼に、その宝具をさずけよう!』


 え……?

 ほ、宝具……? これが!?


「あ、あの! 受け取れない……」

『まさか宝具修復ができる娘っこがいるとはっ。仲間におしえてやろーっと!』


 付喪神様はどこかへと去っていってしまったのだった……。

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