第6話 極東での新生活 3
「目覚めたか」
私の顔を、サトル様がのぞき込んでいた。
ほっ、と安堵の息をついてくれる。
「急に倒れてしまうのだから、心配したぞ?」
「心配……?」
私ごときを?
心配……?
……嘘、というか、社交辞令だろう。
するとサトル様がすねたように、唇をとがらせる。
「おまえ、俺がどれだけ心配した、わかってないな」
彼が、私を抱き起こしてくれた。
そこは、さっきの寿司屋さんだとわかった。
カウンターの隣にあった、お座敷というところ。
座布団を枕にして、そこに、私は寝かされていたようだ。
起き上がった私の体を……サトル様が、ぎゅ~っと、強く抱きしめて、きた……のだ。
「さ、サトル様!? どうしたのですかっ?」
「少し、静かにしていろ」
……そこで、私は遅まきながら気づいた。
彼の体が震えてることに。
なんで、ふるえてるのだろう?
恐怖? 何に?
無敵の、結界術が使えるサトル様が、いったいなにに怯えるというのだろう。
「……おまえが死んでしまったのかと思って、気が気でなかったぞ」
小さく、つぶやく。
本当に小さくだ。
まるで、私以外に聞かれないように。
「おまえは……俺に唯一触れられる女だ。人のぬくもりをくれる、ただ一人の女。言っただろう? おまえは特別だと」
ぎゅっ、とサトル様が私を抱きしめる。
……温かい。
「おまえもこの暖かさを感じてるのだろう? 俺もだ。俺は……一度このぬくもりを知ってしまった。もう二度と、前には戻れん。戻りたくない。独りは……寂しいからな」
彼から伝わるぬくもり。そして……体の震え。
本気で、私のことを大事に思ってくれてることが、伝わってくる。
居なくなったら、困ると……。
「出会ったばかりの私に、どうしてそこまで……?」
「ああ、なんともどかしい。実に、もどかしい……!」
急にサトル様が大きな声を出す。
「どうすれば、おまえはわかってくれるんだろうか。俺が本気だということを」
「も、申し訳ありません……」
今の私には、サトル様のおっしゃってることがまるで理解できない。
でも……一つ確かなことがある。
彼は、本当の本当に、私を大事にしてくれてる、ということ。
気絶した私を部屋まで運び、こうして看病してくれていたのだから。
「サトル様をご不快にさせて、すみません……」
「いや、いいんだ。俺が悪い」
「そんな! サトル様に悪いところなんて一つもないです! 悪いのは……サトル様の言いたいことを理解できない、莫迦な私……」
はぁ~……とサトル様がため息をつく。
「謝るなといったのに」
「す、すみませ……」
すると彼が顔を近づけてくる。そして……そっ、と。
私の唇に、指を置いてきた。
「その口から、否定的な言葉がでるたび、唇でふさいでしまおうか?」
な、何を……おっしゃってるのだろうか……?
く、唇で……ふ、ふさぐっ?
「冗談だ」
「そ、そうですよね……冗談ですよね……」
ほっ、とする反面、ちょっと残念に思う私がいる。
なんて不敬な。
私ごとき無能の屑が、天賦の才をもつ一条家のご当主様と、接吻なんて……恐れ多い。
「またおまえ自分を卑下してなかったか? 本気で口を塞ぐぞ?」
反射ですみませんと言いかけて、口を閉ざす。
サトル様が本気の目をしていたからだ。
「よろしい。さて、では花嫁よ。おまえに一つ、知識を授けよう」
「勉強の時間ということですか?」
「まあそんなとこだ。迎えがまもなく来る。その間に、知っておいて欲しいことがあるのだ」
さっきの魚妖の騒ぎから、そこまで時間が経っていないようだ。
サトル様から離れようとするも……彼は、放してくれなかった。
「あ。あの……」
「まあこのままで聞け。これから説明するのは、おまえが、魚妖の毒をなぜ解毒できたかについてだ」
! そうだった。気になっていたのだ。
あの妖魔の毒で、苦しんでいた女の子に、私が触れただけで、毒は消えたのだ。
「端的に言うなら、おまえが妖魔の力を、おまえの異能で打ち消したからだ」
妖魔の力を、私の……能力者殺しの力で消した……?
「どういうことですか? 私は異能を消すことしかできないはずでは。妖魔は異能とは無関係でしょう?」
「いや、無関係ではないのだ」
すると……サトル様が自分の着物を少し緩める。
「俺の胸に、額を付けてみろ」
「え!?」
さ、サトル様の……素肌に触れろと……?
わ、私ごときが?
またマイナスな言葉が出て行きそうになる。
サトル様がじーっ、と半目で私を見てきた。唇を、塞がれるところだった……。
「わ、わかりました」
「素直が一番だ。これからもその調子で頼むぞ」
私はサトル様に近づく。
……緩んだ着物から除くのは、よく鍛えられた……お体だ。
サトル様は細身なのに、筋肉が鋼のように鍛えられている。
その……意外と分厚い胸板に、私は額を付ける。
……その瞬間、私の脳裏に、とあるイメージが浮かび上がった。
『!? これ……は……?』
私は、何か真っ白な場所に居る。
そして目の前には、巨大な……山があった。
いや、違う。
『大きな……亀……?』
見上げるほどの、巨大な亀。
山脈と見まがうほどだ。
なんて、大きい……。
ぎょろり、とその大きすぎる目玉が私を見つめる。
【こんにちは、お嬢さん】
!? な、にこれ……?
誰の声……?
【悟のもとにきてくれて、ありがとう】
……大きな目が、ほんの少し細められる。もしかして……この亀が言ったのだろうか。
【そうです。わたくしは
……そうなん、ですね。
【……ザシキワラシ、そして、ああ、なんてこと。
ザシキワラシ……?
【転生型能力者は数えるほどしかおりませんが、二つの妖魔の転生体なんて歴史上類を見ない希有なこと】
何をおっしゃってるのか、私には理解できない……。
【お嬢さん、お名前は?】
『え、と……レイ、です。レイ・サイガ』
【レイ。どうか、悟のことを、末永く……支えて上げてくださいまし】
……。
…………。
………………気づけば、目を開けていた。
「見えたか?」
「は、はい……」
私はまだ寿司屋の中にいた。
あれは……いったい……? どこだったんだろうか。
「あそこは俺の心の中だ。そこに、霊亀を飼ってる」
「霊亀を……飼う?」
「ああ。俺たちは、体の中に妖魔を飼いるのだ」
「!?」
霊亀様も……妖魔なんだ。
「異能の力は、体の中にいる妖魔を根源としてる。体内の妖魔の存在の力が大きければ大きいほど、異能者として強い」
私の異能は、異能を打ち消す。
つまり……異能の根源たる、妖魔の力を、消せる。
だから……妖魔の力(異能の力)で、瀕死になった女の子の毒を、消すことができたんだ。
「正解だ。おまえが頭の良い女で、助かるよ。俺は本当に素晴らしい嫁を得た」
……サトル様は私を褒めて、頭を撫でてくれた。
……こんな風に、褒められるの、いつぶりだろう……。
とても幸せな気分になってしまう。
……そして、思ってしまう。
この人の側から、離れたくないって……。
恐れ多くも、思ってしまったのだった。
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