第5話 極東での新生活 2



 サトル様と寿司屋へとやってきた。

 大衆酒場のような雰囲気だ。


「おお! 一条家のぼんじゃあねえか!」


 カウンターで、ご飯を食べていたお年寄りの方達が、サトル様をみて笑う。

 サトル様も「よっ」と手を上げる。


「ばっきゃろう、今や一条家のご当主さまだぞぉ?」

「ああそうだったなぁ!」


 がははは! と皆さんが笑ってる。


 カウンターに立って、何かを握ってる男の人が、にかっと笑う。


「悟様。こないだは漁港に現れた、妖魔を退治してくださり、ありがとうございやした」


 ぺこっ、と男性が頭を下げる。


「気にするな。おまえたちを守るのが、俺の仕事だからな」

「かっこいいこと言うねえ!」「昔はあんな悪ガキだったのに、今じゃすっかり立派な極東の守り手だもんなぁ!」


 ……皆さんに、サトル様は好かれてる様子。

 それに……極東の守り手?

 悪魔ではなく……?


「いつもお世話になってるお礼です。今日は、何でも食べてってください! もちろん、ただで!」

「おお、そうか。ありがとう」


 サトル様がカウンターに座る。

 私はその後、床に座ろうとする。


「何をしてる?」


 サトル様が私の腕を掴む。


「そんなとこじゃなく、俺の隣に座るが良い」

「そんな! 高貴なあなた様と、同じ席で食事なんてできません!」


 サトル様がギョッ、と目をむいてる。


「……どんな酷い環境で育ったのだ」


 彼が小さく呟いたあとに、私に言う。


「我が花嫁よ。これからは、俺と一緒に飯を食え」

「!? よ、よろしいのですか……?」


「ああ。良い。飯は大勢で食った方が美味しいぞ」


 本当に、優しい人。

 何でこの人、私にこんなに優しくしてくれるのだろう。


 魔力ゼロの、価値のない私に……。


「悟様? 今……この嬢ちゃんに花嫁って……?」


 カウンターに座っていたおじいさんが、私を指さす。


「そうだ。俺の嫁だ」

「「おおおおおお!」」


 な、なぜ盛り上がってるのだろう……?


「悟様が嫁!?」

「嘘だろ!? あの女嫌いで有名な悟様が!?」


 ……女嫌いなの?


「花嫁に変な知識を吹き込むな。まあ確かに、一条の家って肩書きが欲しいだけの阿呆な女は嫌いだが……」


 ぐいっ、と彼は私を抱き寄せてきた。


「この娘は違う。特別な女だ。面白く、そしてイイ女だ。俺はこいつがいっとう気に入ったのだ」

「「おおおおおおおお!」」


 私のこと……気に入った?


 何も無いのに、私には……。確かに、異能を殺す力があるみたいだけど……それだけではないか。


 私の力は、サトル様のお力を、【弱くしてしまう】力でしかない。

 そんな私を、どうしてこの人は求めてくるんだろう……?


「こりゃめでてえ!」

「悟様のご結婚を祝して、ぱーっとやらねえとな! なぁ大将!」


 大将と呼ばれた男性が、テーブルの上に……お皿を置く。


「どうぞ、お嬢さん」

「あ、ありがとうございます……」


 お皿の上には、とても綺麗な、見たことのない料理が並んでいる。

 白い……なにか? の上に、つやつやの……何かが乗ってる?


「これが寿司だ。米の上に魚が載ってる」

「!? な、生の……お魚ですか!?」


 そんな……生魚なんて食べたら、お腹壊してしまう!?


「おまえは面白いな。全てにおいて、いちいち驚いてくれる。見ててあきないぞ」


 生魚なんて、食べられない。うちの国では、魚は火を通して食べるものだ。

 

 なぜなら、魚は港から運んでくる間に腐ってしまうから。


「うむっ、美味い!」


 サトル様が寿司を食べてる。

 

「どうした、食べないのか?」

「! 食べます! 食べますので! どうか、お許しください……!」


 しまった、主人が出してくれたものを食べないなんて、アリエナイことなのに……。


「いちいちペコペコしないでくれよ、悲しくなるぞ……」


 目元を手で隠すサトル様。ああ! どうしよう、不愉快にさせてしまった……!


「お、お許しくださいサトル様!」

「では、もうペコペコするな。必要もないのに謝るな」


「わ、わかりました」

「うむ、よし」


 ぱっ、と彼が顔を上げて、うきうきとお寿司を食べる。

 ……もしかして、嘘泣き?


「どうした? 食え」

「あ、は、はい……」


 私は思いきって、お寿司をパクッと食べる。


「!? お、美味しい!」


 な、なんだろう……この、今まで食べたことの無い、食感!

 なんて、瑞々しい歯応え!


 そして魚と、その下の白いつぶつぶつとともに食べると、さらに美味しさが増す。


「もっとたくさん食え」


 私は夢中になってお寿司をほおばる。

 ああ……美味しい……


「泣くほど美味いか?」

「はひ……」


「そうか。よし、大将、寿司を少し包んでおくれ」


 大将さんが寿司を、小箱につめている。

 サトル様がそれを受け取ると、私に押しつけてきた。


「土産だ。屋敷に着いたら食べるといい」

「あ、ありがとうございますっ」


 お土産までくれた……サトル様……優しい……。


「さて、満腹になったところだし、大将。俺はそろそろ……」


 と、そのときである。


「悟様! 助けてくれ!」


 がらり、と寿司屋の扉が開いた。

 漁港で働いていた漁師さんだ。


 その腕には、小さな女の子が抱きかかえられてる。

 女の子は目を閉じて、浅い呼吸を繰り返してる。


 そして……私は見た。

 女の子の首に、グロテスクな……魚がくっついてたのだ。


「見えてるな」


 サトル様が言う。


「あ、あの……魚ですね?」

「そうだ。これは魚妖ぎょよう。低級の妖魔だ」


 妖魔……。海坊主と同じ、極東特有のバケモノ。


「この少女は今、魚妖にとりつかれている。このままでは病に体を犯され死ぬ」

「! 助けてあげないと!」


「無論だ。【結】」


 サトル様が女の子の首もとにいた魚妖に、結界を張る。


「【滅】」


 バシュッ……! と魚妖が爆ぜる。


「これで良し。あとは安静にしていれば……」

「ぐ、あぁああああああ!」


 突如、女の子が苦しみだしたのだ。


「ど、どうしたのでしょうか?」


 サトル様が女の子に顔を近づけて、険しい表情になる。


「まずい……魚妖の毒が、すでに体に回りきっている」

「! それじゃ……この子は……」


「……助からない。くそっ、手遅れだった!」


 サトル様をはじめとして、皆さんが……青ざめた顔になってる。


「け、結界でなんとかできないのですか?」

「できない。俺にできるのは、敵の攻撃を防ぐこと、敵を結界に閉じ込め滅することだけだ……」


 ……サトル様でも、この子の体の毒は消せないのか。


「そんな……」


 苦しんでいる女の子の体に触れる。

 そのときだった。


 瞬間、女の子の体が光り……バシュッ……! という音がすると、光が突如として消えた。


「あれぇ……? あたし……寝ちゃってたぁ……?」


 女の子が目を覚ます。

 さっきまで、あんなに苦しそうにしていたのに……?


「し、信じられない! 花嫁の嬢ちゃんが触れただけで、病気が治ったぞ!?」


 そんなバカな。私にそんな力ないのに……。


 がばっ! とサトル様が私をだ、抱きしめてくる……。え、え、え?


「ありがとう、俺が守るべき民の命を、守ってくれて、ありがとう!」


 ……またも、わからないことが起きてる。

 でも、これだけはわかる。


 サトル様の、誰かの、お役に立てたのだということ。


 それが、本当にうれしかった。

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