第3話 無能令嬢の嫁入り 2
その後、私は港町から出る船に乗って、極東を目指すことになった。
旅券は向こうから送ってきて貰っていたので、なんとかなった。
問題は、お金だ。
一条家からは結婚の支度金が、送られてこなかった、らしい。
でもそれは父がそう言っていただけなので、疑わしいものだ。
多分だけど、私宛のお金をネコババしたのだろうと思う。
あの人はそういうことを平気でやるのだ。
最初からそうなるのは予想できていたので、私はいざという時のためにとっておいた、母の形見を売って、金を手に入れた。
10日間の船旅だ。
食料を買い込んでいなかったら、今頃船の上で餓死していたことだろう。
「…………」
甲板から、外の景色を見る。
広い海がどこまでも広がっている。
……海は、いい。初めて見たけれど、その美しさに、一瞬で心奪われた。
今までズッと窮屈な世界にいたからだろうか。
「ん……?」
そのときふと、視界におかしなものを捕らえた。
「なにあれ……? 黒い……球体?」
海面から除くのは、黒い球のようなもの。
……だが、その中央にはぎょろりとした目玉が二つついていた。
……ぞくっ、と背筋に悪寒が走る。
私は近くにいた船員に言う。
「あ、あの! あそこに……なにか、おかしなものがいます!」
「ああ? おかしなもの……?」
私が指さす先を船員が見やる。
「どこにもいないんじゃあないか?」
「え……? そんなまさか……だって……」
「寝ぼけてるんじゃあないのか? おれは忙しいんだ」
そう言って、彼は去っていく。
でも……あれは、見間違いなんかではない。
黒い球体がヌゥ……と海面から姿を現した。
……巨大な、人の姿をしていた。
「!?」
な、なにあれ……?
バケモノ……?
黒い巨人がこちらに向かって進んでくる。
進むと同時に波が押し寄せてきた。
「捕まって……!」
私は大きな声を張り上げる。
周りにいた人たちが不思議そうに首をかしげていた。
「死にたくなかったら! どこかに捕まって! 早く……!」
巨人が近づくに連れて波が大きくなる。
やがて……がくんっ! と大きく船がゆれたのだ。
「うわぁあああああ!」「な、なんだぁあ!?」
「ひいぃいいいい!」
私の忠告を聞いていた、他の客達は、今の波で流されることはなかった。
「た、たすけてええ!」「だれかぁあああああああああ!」
さっき私のことを馬鹿にした船員が、今の波に飲まれてしまったようだ。
海面から顔を出して、助けを求めてる。
誰もが躊躇してる中……私は、動いていた。
「…………」
自分でも、バカだなとは思う。
無能に何ができるのだと。
……でも、無能だから……弱者だからこそ、今困ってる人の気持ちがわかるんだ。
誰も、助けてもらえないときの、さみしさ、つらさが……。
船においてあった、浮き袋を手に持って、私は海に飛び込む。
泳ぎなんてできるわけがない。
浮き袋に捕まった状態で、船員の元へと向かう。
「捕まって!」
「あ、ああ……助かった……」
よし、あとは戻るだけ……。
だが……。
「あ……」
海の巨人が、もうすぐそこまでやってきていた。
私たちを見下ろしてる。
ああ……これは、駄目だ。
黒い巨人が私たちに手を伸ばしてくる。
「行って!」
「え……?」
「私はいいから! 早く逃げて!」
私は浮き袋から、手を放す。
波にのまれて流されていく。
「嬢ちゃん……!!!!!!!!!!」
船員を逃がすため、私は、一人おとりになったんだ。
……バカだなほんと。
まあ、でも、最後に良いことができた。
無能で、周りに迷惑かけまくっていた私が……。
死に際に、人助けができた。
……母様。天国で、褒めてくれるかな……。
そのときだった。
「おいおまえ。勝手に死ぬんじゃあない」
ぼっ……! と、黒い腕が吹き飛んだのである。
「え……?」
見上げた先にいたのは、美しい……男性だった。
年齢は私と同じくらい、十代後半だろうか。
背は高く、凜々しい目つき。
髪の毛も、まつげも真っ白だ。それでいて……その目は赤く染まってる。
彼の身に付けているのは、極東独自のファッション、ワソウというもの。
「大丈夫か? おまえ?」
「え、あ、え、あっ、わっ!」
私は海に沈みかけた。
だが、何か見えない力に下から、ふわりと持ち上げられる。
「げほっ! げほっ!」
「弱いやつが無茶をするな」
「すみません……」
彼が……何をしたのかわからない。でも、私を助けてくれたのだと気づいた。
だが……。
ばしゃっ! と私はまた海に落下する。
「げほげほ! た、たすけ……」
「む? どういうことだ……俺の【結界】が、解除された……?」
彼は何かを考えこんでいる。
いや、それより……。
「あ、あの……たすけ……」
「…………もしかして」
空に浮いてる彼が、ふわりと近づいてくる。
そして手を伸ばしてきた。
はしっ、と。
私は彼の手を握る。
「!? やはりか……!」
彼はなんだかうれしそうな顔をしていた。
「自動結界が発動しない! ははっ! すごいぞ!」
「あの……いったい何を……?」
すると……。
『ウロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
腕を失った黒い巨人が大声を上げたのだ。
とっさに私は耳を塞ぐ。
「おまえ、【海坊主】が見えているな?」
「うみぼうず……あの、大きな黒い巨人ですか?」
にま……と彼が笑った。
「
「いやあの……あ! あ、あの海坊主が! 襲ってきますよ!」
海坊主は左手を振りかざし、男性に向かって殴りかかろうとする。
「叫ぶなよ」
「え?」
ぽいっ……と彼は……私を空中に放り投げたのだ!
「きゃああああーーーーーーーー!」
「叫ぶなといったのに」
彼は右手を前に出す。
「【結】」
と、言うと、海坊主の体を、透明な球体が覆った。
海坊主の腕が球体を殴りつけるも、ぐしゃりと音を立て砕け散る。
「【滅】」
球体が、はぜる。中にいた海坊主ごと爆三した。
「凄い……あんな大きなバケモノ倒しちゃうなんて……って、きゃああ!」
「おっと」
彼はすぐに近づいて、私を抱き上げる。
「すまん、おまえにふれてると、結界術が上手く使えぬのだ」
「そ、そうですか……」
正直何が起きてるのかさっぱりわからない。
でも……これだけは、言える。
「あの……命を助けてくださり、ありがとうございました」
そう、彼はあのバケモノから私を救ってくれた恩人なのだ。
お礼をちゃんといわないと。
「気にするな。俺は一条家当主としての、義務を果たしただけにすぎん」
「いちじょう……」
まさか……。
「俺は一条悟。おまえ、名前はなんという?」
! やはり……この方が一条様なのだ。
私の、旦那様となる……おかた。
「わ、私はレイ……。レイ・サイガと、申します」
「レイ? サイガ……? サイガ……ああ、そういえばうちに嫁ぐ女が、そんな名前だったような」
「は、はい……私です」
「はは! そうか! 俺はついてるぞ!」
にっ、と彼が笑う。
笑うと、なんだか幼い感じがした。悪ガキみたいな、そんな印象。
ぱっと見は、怖くて近寄りがたかったけども……。
「おまえ、いいな。イイ女だ」
「え? な、何を突然……」
「おまえは【能力者殺し】だ」
「は、はぁ……?」
なんだそれは……?
「異能力を無効化する能力持ちのことだ。しかも、女で能力者殺しは、聞いたこと無いぞ。そこに加えて、この膨大な陰の気!」
……専門用語が多すぎて、私は困惑するしかない。
「ようこそ、わが花嫁よ。俺は、おまえを歓迎するぞっ」
……これが私の旦那様となる、一条悟様との初めての出会いだった。
後に、私は大妖魔【ザシキワラシ】の生まれ変わりであることが判明する。
生まれ持った大きな陰の気、そして異能を無効化する異能をもつことで、異能社会である極東で、私は大人気となる。
……一方で、ザシキワラシを失った、私の元実家は破滅することになるのだが……。
それは、少し先の話である。
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