第28話 ゆらぎの軌跡
「ゆらぎノート」の制作は、想像以上に手が込んでいた。
まず表紙の制作。一冊一冊で異なる折り方を採用し、染める際に独特の模様を浮かび上がらせる。千紗は強調する。見た目の美しさだけでなく、実用性も大事だと。
「ほら、見て。」千紗はサンプルを取り出す。「この部分の折り目が自然な形で溝になって、机に置いたとき安定するの。それにページをめくる時も形が崩れにくいんだよ。」
「ブルーリフィルキット」のような画一的な工程とは違い、「ゆらぎノート」は一冊ごとに小さなプロジェクトだ。布地の裁断一つとっても、縫い代、折り目、染める順序、すべて考慮する必要がある。
「余計なシワは絶対ダメ。」千紗は鋭い眼差しで見つめていた。「後で中紙を入れるときに影響しちゃうから。」
彼女が細かく寸法を測る様子を見て、なぜ早くから準備を始める必要があったか実感する。この緻密な手仕事は急に仕上がるものではない。
「実は一番面倒なのはここなの。」表紙と中紙の接合部分を指さす。「全てのページがぴったりと合うように…あっ!」
「どうした?」
彼女の顔がパッと輝く。「新しい折り方を思いついた!」
「見て!」千紗はスケッチを広げる。「もう一本折り目を入れれば、表紙を開いたとき自然とポケットができるの。」
「ポケット?」
「そう!」目を輝かせる。「付箋やメモが挟めるし、この角度なら中紙がより自然に収まるはず。」
確かに一理あるが、染め手順はより複雑になりそうだ。
「でも、そう折ると染めるの難しくないか?」
「うーん…」首を傾げる。「確かに染める順序を考え直さないといけないね。まずこの部分を染めて、乾いてから…あっ!」
急にノートを探し始める。「前に似たような染め方をメモしたはず。」
彼女のこうした試行錯誤こそが、一冊一冊を唯一無二の作品にする源なのだと感じる。
「あった!」ノートの一ページを指さす。「ほら、この染色手順…。」
こうして「ゆらぎノート」は改良を重ね、ゆっくりと完成形へ近づいていく。
それぞれの表紙には独自の物語がある。偶然生まれた美しい模様もあれば、幾度もの試行錯誤を経て理想の形にたどり着いたものもある。
「テスト対策セットとサークル生存パックの材料、全部届いたよ。」ある放課後、千紗は最後の数冊を確認しながら言う。
「もうか?」
「うん!」彼女は頷く。「それでね、すごくいいアイデアを思いついたの!」
また何かを企んでいる表情だ。これからの日々が忙しくなることは間違いない。
「ちょっと待って。」話し始めた彼女を制する。「まずは手元の作業を片付けないか?」
「もちろん!」彼女は得意げ。「でも、新しい構想を聞いてほしくて…。」
「はい、練習はここまで。」級長が手を叩く。「明日も同じ時間だ。」
楽譜を片付けつつ携帯を確認すると、もう六時近い。
「柊原くん。」窓の外から千紗が声をかける。「急いで部室に行かなきゃ。」
「どうしたの?」
「白銀先輩からメッセージがあって、生地が届いたんだって!特注の綿布なの!」
廊下には人影も少なく、夕陽に伸びる影が長い。文化祭の屋台準備や、出し物の練習をする他のクラスが目に入る。
「学校全体が忙しくなってきたね。」千紗が呟く。
工芸部の扉を開けると、白銀先輩が大きな箱を整理していた。中島先輩は隅で図面のようなものを描いている。
「ちょうどいいところに。」白銀先輩が言う。「この生地、週末までに一次染色を終わらせないといけないの。」
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