第27話 交差する音色
結局、記録は平凡だったけれど、千紗は嬉しそうな顔をしていた。
昼休み。陽光が教室の窓辺を優しく照らしていた。
「みなさーん。」クラスの女子が数人集まり声を上げた。「二ヶ月後に合唱コンクールがあります!」
「あ、ついに来たか。」林がすぐさま寄っていった。「曲目は?」
こちらはパンを頬張りながら化学の教科書に目を落とそうとしていた。文化祭に合唱コンクール、行事が目白押しだった。
「柊原くん!」気づけば千紗が机の前に立っていた。「隣のクラスは何を歌うの?」
「知らないよ。」顔を上げずに答えた。「多分投票で決めるんじゃないかな。」
「うちのクラスはね…」彼女の言葉は途中で遮られた。
「おや?隣クラの千紗じゃないか。」田中が笑いながら近づいてきた。「また柊原に会いに来たの?」
「うん!」千紗は気にせず。「だって彼、いつも一人でお昼食べてるから。」
パンを喉に詰まらせそうになった。
「違うよ。」慌てて説明した。「部活の話をしてて…」
「あ、そうだ!」千紗は突然思い出したようにカバンから弁当箱を取り出した。「はい!今朝、卵焼き作ってみたの!」
「前に描いてた絵みたいじゃん。」誰かがからかった。
弁当箱の中の、確かに抽象画に似た卵焼きを見て、何と言えばいいのか迷っていた。
「似てるでしょ!」千紗は誇らしげ。「わざとその形に作ったの!」
「ありがとう。」苦笑い気味に礼を言った。
「早く食べてみて!」期待に満ちた眼差しが突き刺さっていた。
周囲の視線を感じながら、箸を取り口に運んだ。形は奇妙だが、意外と美味しかった。
「どう?」
「うん」頷いた。「僕の絵よりずっと上手だよ。」
**
夕暮れの音楽室には、ピアノと歌声が優しく溶け合っていた。
「もう一度!」学級委員長が手を掲げた。「男子ももっと声出して!」
後列に立ち、なんとかリズムに合わせようとしていたが、この曲は想像以上に難しかった。特にサビのハーモニーが厄介だった。
「柊原。」田中が小声で囁いた。「ちょっと音程が…。」
「あ、ごめん。」
「いやいや、前回よりずっとマシになってるって。」彼が肩を叩いた。
前から笑い声が漏れた。女子パートでも何かミスがあったらしい。林小萱が慌てて楽譜をめくり、千紗は「やっぱり。」という表情を浮かべていた。
「10分休憩!」学級委員長が宣言した。
みんな三々五々雑談を始めた。窓際に立つと、夕陽は沈みかけ、空はオレンジ色のグラデーションに染まっていた。
「疲れた?」いつの間にか千紗が隣にいた。
「まあまあ。」肩をすくめた。「ちょっと意外だったよ。」
「何が?」
「君が合唱コンクールにこんなに熱心なこと。今頃は設計図を描いてると思ってた。」
「実はね、さっきの練習中に思ったの。この感じを作品に取り入れられたらいいなって。」
「この感じ?」
「うん、みんなで頑張ってる感じ!」彼女は空を見上げながら言った。「最初はバラバラなのに、少しずつ自分の居場所が見つかっていく…そんな風に表現したいの。」
「でも、君は隣のクラスじゃ…。」
「そ、それがどうしたの?」慌てた様子。
「だから…。」
「はい!休憩終了。」学級委員長の声に遮られた。「今度は2番から。」
「また後で。」千紗は小声で言い残し、そっと教室を抜け出した。
「男子、準備!」
深呼吸をして意識を戻した。窓から差し込む夕陽の残光が、教室全体を温かく包み込んでいた。
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