第24話 お菓子の実験室
彼女は紙カップをいくつか取り出した。「違う型を用意したから、いろんな形が作れるよ…」
「待って、」紙カップがぐらついているのを見ながら言った。「まずは生地をしっかり混ぜてからにしようよ?」
「あ!そうだね。」彼女は紙カップをテーブルに戻した。「じゃあ、柊原くん、メレンゲはどうなった?」
「もう…ほぼできたと思う。」
「見せて!」彼女は近づいて確認した。「うーん…もう少し打ち続けて!逆さにしても落ちない程度まで!」
「本当にやるの…」
「もちろんだよ!泡立てが足りなかったら…あ!」
彼女が倒れそうなボウルを素早く支えた。
「もういいよ!」千紗はオーブンの中を見つめ、期待に満ちた顔をして言った。「もうすぐできるはず!」
キッチン中に甘い香りが広がった。手間取ったけど、最終的には無事にケーキをオーブンに入れることができた。バタフライピーの色が意外にも美しく、生地の層に自然と染み込んでいった。
「本当に成功したんだね。」僕は思わず言った。
「何で『本当に』って言うの!」彼女は頬を膨らませた。「私、ちゃんと…あ!」
振り向こうとした瞬間、エプロンの紐につまづき、よろめいて近づいてきた。
「気をつけて!」彼女の肩を支えた。
「ごめん…」彼女は小さな声で言い、顔には少しの粉が付いていた。
「髪の毛にも。」白銀先輩がいつの間にかタオルを持ってきて言った。「しっかりした先生とは言えないね。」
「先輩!」
「そういえば、」時計を見て言った。「あとどれくらいで…」
「チン!」オーブンのタイマーが鳴った。
「やった!完成したよ!」千紗は興奮して跳び上がった。「見てみて…」
彼女は耐熱手袋をつけて慎重にオーブンを開けた。さらに濃厚な香りが漂ってきた。
「わあ…」
カップケーキがきれいに膨らみ、上部は美しい金色を呈していた。特にバタフライピーの色が焼き上がる温度で予想外の変化を見せ、元の青色がより深みを増し、ケーキにグラデーションを形成していた。
「成功した!」千紗は嬉しそうに振り返りながら言った。「見て、私が言った通り…あ!」
「待って!手袋!」僕と白銀先輩が同時に叫んだ。
しかし手遅れで、熱い焼き皿が床に落ちてしまった。幸い、大部分のケーキは無傷だった。
「ごめん…」千紗は地面に落ちた数個の犠牲者を見つめ、落胆した表情を浮かべた。
「大丈夫だよ、」白銀先輩は床を掃き始めながら言った。「残りはまだきれいだし。」
「うん、」ダイニングテーブルの上のカップケーキを見ながら言った。「それに色も本当に特別だね。」
確かに、バタフライピーの色はケーキ上に夢幻的な層を作り出していた。深浅の異なる青色が自然に融合し、まるで夜明けの空のようだった。
「本当に?」千紗は慎重に近づいてきた。
「うん、」一つ手に取って言った。「この色のグラデーションは…」
「染め布のぼかし効果みたい!」彼女は突然元気を取り戻し、「だろう?私のアイデアは素晴らしいって言ったでしょ!」
「確かに綺麗だね、」白銀先輩も一つ手に取りながら言った。「試してみる?」
千紗は緊張しながら二人を見つめた。「味はちょっと…」
一口かじってみると、予想外にふわふわで、甘さもちょうど良かった。特に淡い花の香りがケーキの甘さと完璧に調和していた。
「美味しい!」
「本当に?」彼女の目が輝いた。
「うん、」白銀先輩も頷いた。「初めて作ったものとは全然わからないよ。」
「実は…」千紗は恥ずかしそうに頭を掻いた。「数日前にこっそり練習してたんだ。」
「え?」
「その日、部室で私が…」彼女は白銀先輩を見つめた。「家庭科室を借りて何度も試作したんだ。」
だからあの日、あんなに遅くまでいたのはこのためだったのか。彼女の得意げな笑顔を見て、思わず笑ってしまった。普段はおっちょこちょいな彼女が、真剣になると意外と頼りになるんだなと。
「でも、」彼女の目が突然輝いた。「今回はこんなに成功したから、次は他の色の染料も試してみようよ…」
「待って、」僕と白銀先輩が同時に声を揃えた。「まずは床をきれいにしようよ?」
「あ!」床を片付けた後、千紗は突然何かを思い出したように言った。「残りを片付けよう!」
彼女は棚から精巧な紙箱を取り出し、カップケーキを慎重に並べて入れた。「これは…?」
「中島先輩と佐藤先輩にあげるためだよ!」彼女は箱を整えながら言った。「それにクラブの他の人たちにも。あ、麗子おばさんにも少し持って行かなきゃ…」
彼女が一つ一つのケーキを丁寧に並べ、整頓しようとする姿を見て、染色槽をセットしている時の彼女を思い出した。
「本当に頑張ってるね、」白銀先輩は優しく言った。「手伝おうか?」
「いいえ、いいえ!」千紗はすぐに首を横に振った。「こういうことは私に任せて!」
でも、彼女の手は少し不器用で、紙箱が倒れそうになった時、白銀先輩が静かに支えた。
「それから、」彼女はケーキを数えながら言った。「柊原くんもいくつか家に持って帰ってね!」
「わかった。」仕方なく同意した。
家に帰ると、もう完全に夜になっていた。
「ただいま。」
「ん?なんだこの香りは?」母がキッチンから顔を出した。
カップケーキを入れた紙箱をダイニングテーブルに置いた。「今日はクラブの人たちと一緒に作ったんだ。」
「おお?」姉がソファから顔を上げ、スマホを置いた。彼女はシンプルな白Tシャツと部屋着の長ズボンを着ていて、黒髪をだらしなくポニーテールにしていた。
「たまには甘いものを持ち帰ってくるんだね。」
姉はだらしなく立ち上がり、乱れた前髪を軽く払いのけた。大学生になった今でも、家ではいつもリラックスした様子だ。
「ただ手伝っただけだよ。」
「へえ~」姉はスリッパを履いたまま歩み寄り、細長い指で箱を開け、一番綺麗なケーキを取り上げた。「どなたかの手作りスイーツ?」
姉の探究心に満ちた笑みに背筋が自然と伸びた。口では「ただのクラブ活動だよ」と言いながらも、心の中では千紗が一生懸命指揮している姿を思い浮かべていた。
でも正直なところ、味も確かに美味しかった。普段は甘いものをあまり食べないのに、花の香りとケーキの甘さが意外にも良く合っていた。ただ…
「お姉ちゃん、もう少し食べない?」慎重に尋ねた。「長く置くとおいしくなくなるかもしれないよ。」
「いいよ、遠慮しないわ。」彼女は手に取った小さなケーキを一口食べた。
「お父さんも一つどう?」母が皿を出して言った。「たまには弟が持って帰ってきたスイーツもいいじゃない。」
家族みんなでケーキを分け合う光景を見て、内心ほっとした。一人で全部食べきったら、明日虫歯になりそうだから。
「でも、」姉はケーキの色をじっと見つめながら言った。「青色のスイーツ?ちょっと独特なセンスね。」
「それはね…」千紗が配合を興奮気味に説明していた姿を思い出しながら答えた。「本当に特別なんだ。」
「後輩?」彼女は突然興味を持ったように、少し首を傾げた。この動作は彼女が何かを知りたい時によくするもので、毎回無害そうな表情をするんだ。
「うん。」
「面白そうな人みたいだね。」
姉は二つ目のケーキを手に取り、一口かじりながら、意味深な笑みを浮かべた。
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