第17話 想いを紡ぐ午後

 「この厚手のコットンと麻の混紡素材、すごくいいね。」千紗は白い布地を専門家のように触りながら言った。「繊維の太さがちょうど良くて、染色に最適だよ。」


 「これは工芸染色用に特別に用意されたものだよ、」麗子さんが説明した。「このコットンと麻の混紡は、コットンの柔らかさと麻の自然な質感を兼ね備えているから、バッグ類の製品に特に適しているんだ。」


 僕はサンプル布を手に取り、織り目を細かく観察した。


 「柊原くん、何か気づいたことは?」千紗が興味深そうに尋ねた。


 「コットン部分は染料の吸着性が安定していて、麻部分は独特な模様の変化を見せてくれるんだ。」僕は答えた。


 この混紡布の繊維配列は確かに興味深かった。


 「そうそう!」千紗の目がさらに輝いた。「この織り目を見て、この『ブルーリフィルキット』を作るとき、しわの模様が特に美しく見えるんだ!」


 佐藤先輩が身を乗り出して布地を覗き込んだ。「へえ、本当だ。千紗ちゃんってば、本当に詳しいわよね~」


 僕は手にした布を夕陽に透かしてみた。繊維の織り方が、光を通して一層鮮やかに浮かび上がる。


 その時、店のドアが開き、風鈴の澄んだ音が響いた。


 白銀先輩が静かに入ってきた。今日は制服ではなく、シンプルなワンピース姿だった。


 「あら、白銀さん!」佐藤先輩が手を振る。「ちょうどいいところに!」


 「佐藤さん、もう話しましたか?」白銀先輩は軽く眉を寄せた。


 「まだよ~」佐藤先輩は茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべる。「白銀さんに任せようと思って。」


 白銀先輩は僕たちのテーブルに優雅に着席すると、真っ直ぐに僕の方を見た。


 「柊原くん、来週の市長視察の件なんだけど、少しお願いがあるの。」


 「はい?」


 「実は、工芸部の活動紹介を担当してもらいたいんだけど…」


 「ね?」佐藤先輩が嬉しそうに声を上げる。「柊原君なら完璧でしょ?だって、千紗ちゃんの作品のこと、誰よりも詳しいもんね~」


 「佐藤さん…」白銀先輩は穏やかに制した。「まずは本人の意向を聞かないと。」


 僕は一瞬、千紗の方を見た。何度もノートを広げては書き直し、細部まで丁寧に寸法を記す指先。そして今も、目の前で素材の一つ一つと真摯に向き合う彼女の姿に、その決意の深さを感じた。


 最初は躊躇いがあった。でも、彼女がこれほどまでに時間と心血を注いできたプロジェクトなら、僕にも何かできることがあるはずだ。ただ見ているだけじゃなく、今度は僕が彼女の想いを届ける番なのかもしれない。


 「僕でよければ、やらせていただきます。」


 「本当?」千紗の声には、驚きが混ざっていた。


 白銀先輩は静かに微笑んだ。「ありがとう、柊原くん。」


 「やっぱり!」佐藤先輩は満面の笑みを浮かべる。「千紗ちゃん、これで安心だね!」


 「柊原くん…」千紗が小さな声で呼びかけてきた。「本当に、いいの…?」


 「うん。」僕は頷いた。「僕にできることなら、なんでも手伝いたいから。」


 佐藤先輩が意味ありげな笑みを浮かべる。「素敵な後輩を持って、私たち幸せ者よね~」


 「佐藤さん。」白銀先輩の声には優しい諭しの響きがあった。「そろそろ準備の話をしましょうか。」

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