第16話 眠れぬ夜の設計図
数日が過ぎても実作には進展がなく、千紗は再び悩み始めた。机の上で軽くペンを転がす指先には、わずかな焦りが滲んでいた。
放課後、僕たちは再びあの甘い香りが漂う「ミントチョコレート」へと足を運んだ。今日も店内にはコーヒーとデザートの香りが溢れ、夕暮れの柔らかな光が窓辺のテーブルを優しく照らしていた。
「そんなに自分にプレッシャーをかけなくてもいいんだよ、」麗子さんが温もりの残る熱いココアを手渡しながら言った。「これ、あなたの大好きなキャラメルマキアート味だよ。」
「でも…」
千紗はストローをくわえ、考え込んでいた。この数日、僕は彼女が休み時間にこっそりとノートをめくる姿をよく見かけた。昼休みの時も、放課後の廊下でも、授業中も教科書の下にその厚いノートを忍ばせていることがあった。時折、ペンを走らせる手が止まり、遠くを見つめる瞳には何かが浮かんでは消えていくようだった。
「最近、千紗は学校中でぼーっとしてるね、」佐藤先輩が温かな笑みを浮かべながら言った。「授業中にも設計図を描いてるし。」
「インスピレーションが突然湧いて、記録したくなるから…」千紗は恥ずかしそうに微笑んだ。頬には薄く桜色が広がっていた。
「見せてくれる?」僕は好奇心に駆られて身を乗り出した。
千紗は一瞬躊躇した後、慎重にノートを僕に手渡した。表紙には彼女らしい几帳面さで日付が記されている。最初のページを開くと、そこには非常に緻密な設計図が並んでいた。どの線も精密に描かれており、その細部まで丁寧に仕上げられていた。インクの濃淡が、彼女の思考の軌跡を静かに物語っていた。
『ブルーリフィルキット』の構造図には詳細な寸法が記されていた。カップホルダーの深さは一般的なテイクアウト用のドリンクカップの底にぴったりとフィットし、側面の伸縮メッシュポケットには折りたたみ傘や水筒を収納できるようになっている。最も巧妙なのは、学生証用のクイックアクセスポケットで、透明防水素材が使用されており、カードは軽く押すだけで取り出せる。ページの隅には、使用イメージのスケッチが添えられ、それぞれの機能が日常のどんな瞬間で活きるのか、細やかな想いが込められていた。
次のページには『ゆらぎノート』の設計図が描かれていた。表紙は特殊な藍染めで包まれており、布地の縁取りが非常に丁寧に仕上げられているため、何度めくっても緩むことはない。千紗の鉛筆は、布目の質感まで忠実に写し取っていた。内部のレイアウト図には、授業ノート、学習計画、プロジェクト報告書など、さまざまな使用シーンが詳しく記されていた。さらには、異なる科目に最適なフォーマットまで詳細に分析されていた。ページの端々には、消しゴムの跡が微かに残り、幾度も推敲を重ねた痕跡が見て取れる。
驚いたことに、彼女はさらに使用シーンの図を描き足していた。図書館で資料を探す際のノート整理方法や、部活動の会議内容の記録方法、さらにはレポートを急いで仕上げる際の効率的な資料整理方法など、すべてが非常に綿密に考えられていた。その一つ一つのシーンには、実際の学校生活で感じた不便さへの気づきが、解決策として昇華されていた。
「最近、夜眠れなくてずっとこういうことを考えてるの。時々、インスピレーションが湧くと止められなくて…」
千紗は目を擦りながら言った。疲れの色が浮かぶ瞳には、それでも確かな光が宿っていた。
「だからね、」佐藤先輩が優しく笑いながら言った。「昨日の夕方に部室を通ったとき、一人で設計図を描いているのを見かけたよ。テーブルのランプがもうすぐ切れそうだったのに、まだデザインを修正してた。」
「でもね、」千紗は突然顔を上げ、目が輝いた。暗かった表情が、一瞬で明るく変わる。「これを見て。」彼女は展示ケースの配置図を指さした。指先が少し震えているのは、きっと興奮のせいだろう。「完成品を異なる使用シーンに合わせて展示すれば、みんなが自分に最適なスタイルを見つけやすくなるよ。考えただけで嬉しくなるんだ。」
千紗にとって、これらは単なる図面以上のものだった。それは彼女が伝えたい思いであり、その情熱が目に映し出されていた。
「それでは、」麗子さんがふと僕たちの隣に立ちながら言った。午後の陽射しが彼女の後ろ姿を優しく縁取っている。「これらの材料サンプルを見てみない?」
彼女は小さな箱を取り出し、中にはさまざまな布地と紙が入っていた。それぞれの素材が、窓からの光を受けて微かな輝きを放っている。
「これは…?」
「友達が頼んできたものだよ、」麗子さんは神秘的な笑みを浮かべながら答えた。「あなたたちの計画を聞いて、興味を持ってくれたみんなが集めたものなの。」
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