第14話 昼食時間
昨日はギリギリだった。
材料を買いに行こうとした時には、もう日が傾き始めていた。千紗の背中を見ながら、僕たちは商店街を急いでいた。染料店の営業時間が気になったが、幸い井上さんの店は遅くまで開いていた。「みんな忙しいからねえ」と笑顔で材料を包んでくれた店主に、千紗は何度もお辞儀をしていた。
そして今日。
「つまり、この問題の鍵は…」僕は化学の教科書の問題に指を這わせながら、原理を千紗に説明した。 昼食時間、僕と千紗、そして佐藤先輩は屋上でお弁当を食べながら勉強していた。秋の日差しが暖かく体を包み、微風が制服の襟をそっと揺らしていた。鳥の群れが空を横切り、点々と影を落としていた。
「なるほど!そういうことか!」千紗は目を輝かせ、納得した様子で頷いた。「分子構造の観点から考えるんだね。」彼女は箸で卵焼きをつまみながら、熱心にノートを取っていた。
「ところで、」佐藤先輩はお弁当の蓋を開けながら言った。「千紗のお弁当、美味しそうだね。」
「お母さんが作ってくれたの!」千紗は得意げに言った。「前に自分で作ってみたけど、結果は…」彼女は舌を出した。
「見るに堪えなかった?」佐藤先輩は優しく笑いながら言った。
「違うもん!」千紗は頬を膨らませた。「ちょっと…失敗しただけ。」
「じゃあ、次は一緒にお弁当を作ろうよ。」佐藤先輩は提案した。「うちには簡単なレシピがたくさんあるから。」
「本当?」千紗の目が輝いた。突然僕の方に向き直り、「柊原くんも来てよ!」
「え?僕も?」
「そうだよ!」千紗は乗り気で言った。「せっかくの休日なんだから、実験室にこもってばかりいないで!」
返事に戸惑っていると、佐藤先輩が優しく笑って声をかけた。「そういえば、柊原くんはいつもパンを食べてるよね。」
「その方が便利だから…」手に持ったパンを見ながら答えた。
「男の子はみんなそうだよね。」佐藤先輩は首を振った。「うちの兄もそうで、お母さんが強く言わなければ、三年間ずっとコンビニのおにぎりを食べてたと思うよ。」
「そうだ!」千紗は何かを思い出したように言った。「コンビニといえば、校門前の店で新しい商品が出たの知ってる?」
「ストロベリーミルク味のシュークリーム?」
「そうそう!」千紗は頷いた。「昨日買ったんだけど、めっちゃ美味しかった!」
彼女たちが新しいお菓子の味について熱心に話していたのを見て、思わず微笑んでしまった。
「柊原くん、何笑ってるの?」千紗が首をかしげて尋ねた。
「いや、別に。」眼鏡のフレームに触れながら視線を逸らした。「ただ…面白いなと思って。」
「ところで、」佐藤先輩は携帯を見ながら言った。「午後は授業だよね?」
「わあ!」千紗は急いで教科書を開いた。「まだいくつか問題が分からない…」
「ゆっくりでいいよ。」僕は言った。「まだ少し時間がある。」
木漏れ日が斑模様の影を落とし、微風が教科書のページをそっとめくった。遠くのバスケットコートから歓声が漂い、階下の教室では誰かの笑い声が響いていた。
チャイムが鳴り、僕は教室へと戻っていった。廊下で千紗と佐藤先輩に別れを告げると、二人は別の階へと消えていった。
「今日は色彩写生を行います。」美術の先生がガラスの花瓶を持って教室に入ってきた。「テーマは『光と影』です。」
彼女は教室の中央に置かれた白いテーブルクロスの上に静かに花瓶を置いた。陽光が透明なガラスを通り抜け、テーブルクロスに不思議な光と影を映し出した。
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