第10話 千紗と柊原

 「それに、」白銀先輩は一枚の図を手に取り、慎重に観察しながら言った。「これらの構想はとても興味深いね。特にこの染色の層の変化は、染色時間をうまく管理できれば…」


 「そう!」千紗は興奮して言った。「染色時間を変えることでグラデーション効果を出したいんだ。実験をたくさんしなきゃいけないけど…」


 「時間は確かに厳しいけど、」白銀先輩は考え込むように言った。「でも、既に実験を始めているなら…」彼女は励ますように微笑んだ。「まずは小さなサンプルを作ってみない?」


 「つまり、」中島先輩がデッサン帳を置きながら言った。「まず文化祭の企画に使うってこと?」


 「うん!」千紗は興奮して頷いた。「祖母のノートにはたくさん面白い技法が書かれているから、特別なものが作れるかもしれない!」


 「でもその前に、」白銀先輩は笑顔で言った。「柊原くんに基本的な染色技術を習得してもらわないとね。」


 この発言と同時に、全員の視線がこちらに集中した。無意識に眼鏡を押し上げて緊張を隠そうとした。


 「心配しないで、私が教えるから!」千紗は袖を引っ張りながら言った。「私もよく失敗するけど…」


 「それは本当だね。」中島先輩はため息をついた。「前回、千紗が染料を藍甕あいがめに全部こぼしてしまって、午後一日かけて掃除したんだから。」


 「先輩!」千紗は顔を赤らめながら言った。「それは新しい模様を試していたからで…」


 「その話で言えば、」佐藤先輩が突然話に割り込んできた。「文化祭でどんな作品を作るか、考え始めない?」


 「そうだね!」千紗は手を叩いた。「藍染めを日用品に応用してみるのはどう?例えば、手ぬぐいやしおりとか。」


 彼女たちが熱心に議論する様子を見て、静かに千紗の祖母のノートを開いた。そこにはさまざまな染色技法が細かく記されており、詳細な図解も付いていた。特に複雑そうな染模様を理解しようとしていた時、白銀先輩が突然隣に立っていた。


 「何か気になるところでも?」彼女は静かに尋ねた。


 「いいえ、ただこれらの記号の意味が気になっただけで…。」


 「あ!もうこんな時間だ!」その時、千紗の声が思考を断ち切った。


 彼女は壁の時計を見て言った。「急いで材料を買わないと、明日はテストがあるから…」


 「待って、」急いで出かけようとする彼女を呼び止めた。「手伝おうか?」


 「え?柊原くん、一緒に行く?」千紗は目を大きくした。


 「だって、まだ初心者だし、材料についてもっと知りたいんだ。」眼鏡を直しながら答えた。


 実際、彼女がまた物をこぼすのではないかと心配していた。しかし、もちろんそれを直接言うことはできなかった。


 校門を出ると、夕陽が空の半分を赤く染めていた。秋の風が涼しさを運び、千紗の髪の先を揺らした。


 「あ!」彼女は突然足を止めた。


 「どうした?」


 「上履きを忘れちゃった!」


 慌ててその場で回転する姿を見て、思わず笑った。「今戻って履き替えるのは遅いよ、材料店ももうすぐ閉まるんじゃない?」


 「そうだね…」彼女は恥ずかしそうに頭を下げた。「じゃあ、このまま行くしかないね。」


 角のコンビニから食べ物の香りが漂ってきた。制服を着た数人の女の子たちがスナックを選んでいた。


 「柊原くん!」その中の一人が驚いた声で叫んだ。「女子と一緒に帰るなんて!」


 それがクラスの林さんだとやっと認識した。彼女はいつも教室の前列に座っていて、授業中によくこちらを見返していた。


 「あ、これは部活で…」


 「部活?」別の女の子が割り込んできた。「実験室にずっといるんじゃなかった?」


 「それは…」説明しようとしたその時、千紗が突然口を開いた。


 「柊原くんが工芸部で藍染めを習っているんだよ!」千紗は興奮気味に言った。「今は見習いの身分なんだ!」

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