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 アンスタウトとメイペスが扉の前に立ち、ノックをする。

 がちゃりと鍵が外れ、薄く扉が開く。


 常々、メイペスが新来者に対して不思議に思うことに、施錠がある。

 面倒なだけなのに、と思う。

 確認するように、扉を開ける様子も苦手だ。

 用があるから来訪してるのよ、早く開けなさいよ、こちらは今、あなたたちの食事で手が塞がっているのよ、と思う。

 我ながら、自分本意ではあるけれど。


 他者からの干渉を疎む意味が分からない。


 苛立ちを隠せていないメイペスに気付いたアンスタウトが「さて、中にいれていただきましょうか」と、書類を抱えていた手に、メイペスから食事の乗ったトレイを取りあげて言った。

「ワゴンにすれば良かったですね」と、アンスタウトが屈託ない表情を見せるので、メイペスは代わりに書類を受け取った。


 施錠しなければいいだけなのにとか、早く開ければいいだけなのにとか、口に出そうになるが、それこそ自分本意だ。

 もやっとする感情を押さえながら、部屋に入ると、ベッドに腰を掛けている人物が目に入った。


「目を覚まされたのですね。食事をお二人分用意してきて良かったです」


 メイペスは、打って変わって満面の笑みを見せる。

 怪我人の回復は、至福の喜びだ。


 改めて見ると、彼は灰色の髪で浅黒い肌をした、でっかい牛みたいな人だな、と思った。

 牛と相性が良さそうだ、ん、牛のお世話係。決定事項ね、と一人ほくそ笑む。


 対して、もう一人の彼は、華奢で小さい。

 染めが剥げた、黒と橙の斑の髪が、何だか痛々しい。

 この人があの人を背負って来た時は、牛が宙に浮いてるみたいで、第一発見者は腰を抜かしていた。


「取り敢えず、お名前だけは頂いて宜しいですか?」

 アンスタウトが事務的に話す。

 わたしの仕事ではないか、とメイペスは慌てて書類を広げる。


 灰色牛は「グラスコ・グレコ」と短く言った。

 華奢な方は、一度灰色牛に目を合わせた後、「……レイ……レイ・グレコ」と戸惑いながら答えた。


 メイペスは書類に名前を記載して「あなた方は、このエデノに永住を希望されますか?」と、提携文の質問する。


「分からん。だいたい、ここが何処なのかも分からんのに、決められる訳がないだろう?」と、灰……グラスコ・グレコは苦虫を噛み潰している。


 ふう、とメイペスは大袈裟に溜息をつく。

「当然です。即答は求めていません。ただ、念頭には置いてほしいということです。永住か、否か。ここには、対価さえ頂ければいくら居てくださっても構いません」


「勝手に治療しておいて、金を取る気か?」と、グラスコ・グレコは怪訝な顔をする。


「……勝手って……」メイペスは呆れる。

「細かい事情はさて置き。レイ・グレコさんは、そので。グラスコ・グレコさん、あなたのを登ってきたのですよ。それだけで尋常でないことだけは分かります。それに、ここでは金は対価に当たりません。労働で返してください」要点を強調した語意でグラスコ・グレコに諭す。


 それからメイペスは一息置き、顔を和らげから「それと、これはこちらの落ち度ですが、まずお食事を召し上がってください。折角の暖かいスープが冷めては勿体無いです」と食事を差し出す。


「この状況で、飯?」

 グラスコ・グレコが呆気にとられ、レイ・グレコが依然訝しげな表情を崩さない。


「食事は大事です。毒は入ってません。大事な食事ですから」

 念を押し、少々乱暴に食器を置き、大真面目にメイペスが答える。

 アンスタウトが只管に笑いを堪え

 ている。

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