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 メイペスが十八になった年、彼女はパートロから【把握する者】の役目を受け継いだ。


 これは、ここエデノの地の農作物や住民の状態をし、また時折、外からある新来者の対応に当たる。

 それらを一年を掛けて、丁寧に引き継いだ。


【把握する者】は、外の国では、領主や長などと呼ばれているようだ。

 領主や長という地位を示す名称は、新来者に説明する際に都合が良いから使用するが、知識として知っているだけで、このエデノではその名称は意味を持たない。


 エデノの地では、地位は平等に反することから厭われるからだ。


 お伽噺のように伝えられている、最初の旅人がある。

 彼らの血を引いている者の一人が、この【把握する者】の役目を担う。

 最初の旅人だけが、心胆に望まれた存在ということだ。


 【把握する者】には、対となる【整合する者】があり、ランデフェリコからの使者が行う。

 【把握する者】の作成する資料を元に、作物の取高を調整し、必需品を補填して、本国であるランデフェリコとの融通を行う。


 【整合する者】は、二十年でその任期を終え、本国に帰る。

 とはいえ、メイペスたちエデノに住む者はランデフェリコの恩恵には預かっているものの、その実態を知る余地はない。


【整合する者】だけがランデフェリコとの繋がりだ。


【把握する者】は【把握】と、【整合する者】は【整合】と短く呼ばれることが常である。


 元【把握】のパートロの対である【整合】のヴレノシュも、後数日でその任期を終える。

 パートロは皆と同じ生産者になり、ヴレノシュはランデフェリコへ戻る。

 その後任がアンスタウトで、メイペスとは許婚ということになる。


「ねえ、パートロ。わたしね、アンスタウトを見たときから、心臓が酷く動いているのだけど、病気ではないかしらと思うの」

「メイペス。心臓は動いていない方が病気だから、至って健康だよ」

 パートロはメイペスを揶揄いながら、優しく頭を撫で、話を続ける。


「まあ、オレもヴレノシュを見た時は、そんな感じだったよ。一週間は震えて、ろくろく眠れなかった。オレの前の【把握】もそんなだったって、言ってたから、きっと【把握】は、【整合】に否応なしに惹かれるもんなんだよ」

「ふうん、無神経なパートロでもそうなんだ。なら、わたしは健康ね」

「メイペス。どういう意味だ?」

 軽口を叩き合える、気の置けない関係。


 メイペスは思う。

 なら、【整合】は、【把握】に対してどういう感情を抱いているのだろう。

 ……二十年すれば、ランデフェリコへ帰ってしまう。

 未練は、無いのだろうか?


「メイペス、ここにいたんだね。建物インスラの案内をお願いしてもいいかな」


 何の前ぶれもなくやって来たアンスタウトに、メイペスは驚いて顔を上げた。

 先ほどの話の今で、心臓がまた少し速く打ち始めるのを感じる。それでも仕事だ。今はそのことに集中しなければ。


「あ、勿論です。何処に行かれます?」


 彼の視線が、メイペスを見ている。

 彼の目は優しく、それでいて何もかも見透かされてもいるようだ。

 わたしたちは許婚だから、子作りしなきゃいけないことも、ちゃんと教えて貰っている。

 …………そんなこと、出来るんだろうか?こんな綺麗な人の前で?と、一瞬頭を過りもしたが、今は仕事よ、無理して笑ってみる。


「新来者のところにお願いします。いらしたのは、五日前でしたか?」


「そうです。お二人で。お一方は軽傷でしたけど、もうお一人が意識が無くて。そろそろお目覚めかと思います」


「紛争からの被災者でしたよね」


「ええ。じゃあ、参りましょうか。ついでにお食事を用意して行きます」


 メイペスはそれだけ言うと、食堂へ歩き始める。

 心臓が少しだけ落ち着いて、二人分の食事を用意して…

 アンスタウトを案内するはずだったのに先に行かせて、慌てて後を追った。

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