第3話
約束通り、十分な夕飯が用意された。
まず、前提として。
この地は、海に突き出した半島で、周囲は崖になっていて、釣りには適さない。
唯一、陸地と繋がっている――旅人達が辿ってきた経路は、谷に阻まれて容易に山に入れず、剰え荷車は通せない。
見渡す限り平原で、森林が存在していないので野生の獣も望めないし、木陰を作る程度の樹木は全て針葉樹で食用の木の実をつけていない。
つまり、この地に今現在、食糧に出来るものは、まるで望めない。
夕飯前に、いそいそとトウレゥゴに声をかけられた旅人達をは、貯蔵庫に集まって絶句した。
いつの間にか何処からともなく運び込まれた人数分の食糧が、広い貯蔵庫にちんまりと収まっていたからだ。
トウレゥゴが得意気に話し始める。
「まず、食糧ね。この位あれば三日は大丈夫?」
三日とはいわず、一週間分は余裕でありそうな量に、旅人達は唖然とする。
「それから農具一式。種は収穫までに日が浅い玉蜀黍と、小麦と大麦の穀物。豆と菠薐草等の野菜。馬鈴薯や人参、蕪の根菜。あとは西瓜を用意したけど、足りる?」
トウレゥゴが照れ臭そうに説明する。
昼前にレリジオが希望したものを、夕飯前に揃えて…用意してくれたのだか、その仕事の早さと品数と量が尋常ではない。
「あの……表に番いの牛と鶏もいましたよね。飼料と家畜小屋と一緒に」
トベラノがおずおずと尋ねると、
「必要かと思って……家畜についてはレリジオは何も云ってなかったけど……迷惑だった?」
トウレゥゴの言葉尻が沈んでいく。
「いえ、決して迷惑ではないです。有難いです。実際、家畜の事は失念してました。その……お気遣いありがとうございます」
レリジオの持って回った答えが、トウレゥゴを意気消沈させる。
あまりの量と品には目を見張るものがあるが、彼は、彼なりに旅人達に敬意を払っているのだろう。
驚いたからと戸惑っていても、それは何だかトウレゥゴを責めているようで、居た堪れないトベラノが皆に発破をかける。
「おしっ!では、今日の討議は作物計画ですねっ」
「でも、いい加減、今日は寝なね」と、トウレゥゴに笑いながら釘を刺された。
◆
然して、何年か月日を重ねた。
作物は実り、少しずつ、人が増え始めた。
旅人達は、トウレゥゴが厭がるので、表立って崇拝しないが、常に感謝を秘めていた。
けれど、後からやってきた人々は違う。
熱さは、喉元を過ぎれば忘却の彼方。
理不尽な状況に苦しんだ筈なのに。
同じことを繰り返す。
搾取する側に、回りたがる。
徒に肥沃な資源は、なんとも魅力的で。
その悪辣な企みの矛先は、トベラノへと向いた。
女を見下した、卑劣な行為。
それは、トウレゥゴの怒りを買った。
トウレゥゴは、正直なところ、旅人達以外は大事ではなかった。
大なり小なりの諍いが起こるだろう事は、容易に想像出来る。
それが、人だ。
だから、諍いの種を摘み取り、棄てることに何の躊躇はなかった。
「辛い決断をさせてしまいました」
虫の息のトベラノが云う。
「犠牲にして、すまなかった」
トウレゥゴが、老いたトベラノの手を握りしめる。
心を許し、希望を持たせてくれた旅人達が、ひとり、またひとりと身罷る。
我儘が、成就から遠ざかる。
――――――それが、このランデフェリコのエデノに伝わる、昔話。
口伝でのみ紡がれていて、既に固有名詞を失った。
心優しき旅人達が、何もなかったこの地を耕し、傷ついた人々を受け入れ続けた。
そこに、トウレゥゴの存在はなかった。
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