第3話


「……で、一晩中討議していたの?」

 呆れた口調でトウレゥゴに問われた。


 朝日の差す広間のテーブルには、子供達までも突っ伏している。


「子供達まで……あ、僕の落ち度だね。部屋を案内してなかった。申し訳無い」

「いえ、頭を上げてください。私達は端からここで休むものと思ってましたし。討議は……その、嬉しかったんです」

 政治家だった男性が言う。


「私達は、偶然に導かれて旅をしました。皆、傷があります。幾度も、幾度も理想に夢を馳せ語り合いました。夢は語るに尽きませんでした」

 トウレゥゴはじっと男性を見つめ、話の続きを促す。

「それなので元より、理想の叩き台はあったのです。それを実現に向けて詰める事が出来るなんて、私達には望むところなんです」

「だからと言って、やっつけ仕事なんかやったら、元の木阿弥だからね」

「丁寧な仕事、ですね」


「それにしても、偉大なる御方の功績を、やっつけとはトウレゥゴ様も大概ですよね」

 と、宗教家だった男性が、笑いながら口を挟む。

「気が付くあなたも相当だよ」


「隠す気なんて、有ったんですか?」

 貴族だった女性も話に加わる。


「全く。出た杭が叩かれるはずだ」

 トウレゥゴが少年のように声を出して笑った。

 この笑顔に報いなくては、と旅人達は思った。


 

 トウレゥゴは、徹夜明けだというのに、元気に動き回る旅人達の様子を、ぼんやりと眺めていた。


 討議は、貴族だった女性――トベラノを中心に回っている。

 てっきり、政治家だった男性――ポリチコか、宗教家だった男性――レリジオが主導権を持つもの思っていたが、それ程に、彼女が信頼に足る人物と云うことだろう。


 トベラノは、皆の話を要領よく纏めると、突拍子もない自分の見解を乗せ、積み上げたものを惜しげもなく崩す。

 これでは時間が掛かるはずだ。

 けれど、

 その時間は決して無駄ではなくて、

 それまで見えていなかった、

 新しい別の何かを見付け出す。


「取り敢えず必要なものは、作物の苗と農具ですね」

 微睡みにも似た、思索の海を漂っていたトウレゥゴに、レリジオが声をかける。


 議長はトベラノではと、僅かに眉をひそめたトウレゥゴの表情を、目敏く見付けたレリジオは笑いを堪えながら言った

「猫ばばでは無いですよ。私はトベラノの代理です。お使いです。彼女は今し方、子供達と外に出ていきました。ほら、あそこに。何でも探索しながら調査するそうです。息抜きサボりとも云いますけど」

 レリジオが窓の外を指差すと、トベラノがこちらに手を振っている。


「!僕はっ、別にっ!」

 トウレゥゴは、図星とばかりに耳を赤らめて、明らかに動揺を隠せていない。


 彼は、昨日初めて出逢ってから、何処か私達から一歩引いた処があった。


 依然として飄々とした態度を一貫して、隙を見せまいとしているが、こんなにも若者らしい、愛らしい表情を見せられると頬が緩む。


「トベラノには、領地経営の経験があるのですよ。目端が利き、弱い者を掬い上げる器量がある。彼女には何時も助けられます」

「そう言えば、あなたとトベラノは夫婦なの?常に一緒に居るようだけど」


「やきもちですか?冗談ですよ、不貞腐れないでください。――――トベラノは、体が不自由な私を補助してくれているのです。第一、私に子は望めないので、夫婦には成り得ないのです。」


 レリジオは、確かに旅人達の中では一番年嵩ではあるが、子を望めないので程の年齢ではないはずだ。

 トウレゥゴは、困惑に顔を顰めた。


「昨日、仰ったでしょう。【厄介な事】に、壊されてしまっただけですよ」

 レリジオは事も無げに笑っている。


「ミフィトは戦場に生まれ落ち、それを当たり前に少年期を過ごしたそうです。ベトクロは肌の色で人権を奪われて、物心つく前から差別の憂き目にあっていたそうです。そんな自分ではどうしようもない事に始まった理不尽に比べたら、自由に声を上げた分、まだましです」

「そんなことは比べる事じゃない。どれも受けなくてもいい痛みだ」

 トウレゥゴは、無言で唇を噛んでいた。


 レリジオの脳裏に、【愛し子】……という単語が浮かぶ。

 もし、自分に血を分けた子があれば、こんな感じなのだろうか。

 我が子と呼ぶには年齢が合わないけれど。

 このまま、揶揄うのも吝かではないけれども、それでは埒が明かないので話題を変えてみる。


「そんなことはさておき。この建物には驚きましたよ。地下にあんな巨大で、涼しい貯蔵庫があるなんて。表には火山どころか山もが見当たらないのに、海底火山から温泉を引くとか、浴場の設備も発想が無尽です。部屋数にしても、いったい何部屋、用意されたのです?」


「今は、五十ある」

「そんなにも……」レリジオが考えていた以上に、壮大な計画が準備されているようだ。


「多分1万人までなら、ここで余裕に“生活“できる」

「1万人、ですか?」

 いきなり跳ね上がった数字に、レリジオは驚愕し、二の句が継げない。


「無理をすれば4万……いや、駄目だ。そんなに“救え“ない!」

 いったい誰に説いているというのだろう。

 “救う“?“生活“から擦り変わった言葉に違和感は有るが、まずい、どうやら揶揄うよりも忌諱に触れたらしい。


 レリジオは周章てて、ぱんっとトウレゥゴの鼻先で手を叩く。

「お一人で、何もかも背負わないでください。まだ、信頼には価しないでしょうが、私達は、あなたに救って欲しい訳ではありませんよ」

 レリジオが慰めるように、ゆっくりと語りかける。


「あーっ!レリジオがトウレゥゴ様をいじめてるー!」

 子供達の笑声がして、それまでの雰囲気を一掃する。

「はいっ?!」

 レリジオが素っ頓狂な声をあげると、窓の外にはトベラノが子供達と摘んできた花を手に、楽しそうに覗いている。


 レリジオは、空々しく「こほん」と言ってから「トウレゥゴ様。この子はミフィトの子供で、そちらの二人がベトクロの子供です。」と、紹介した。


 続いて、幼い子を抱っこしているトベラノが「そしてこの子は、なんとポリチコの孫なんですねー。まだ、お喋りできないのよねー」と、頬を合わせる。


 子供達はニコニコとしながら、手にした花をトウレゥゴに差し出し始めた。


「これどーぞ!」

「ごはん、ありがとー!ですっ!」

「おふろも、ありがとー!なの」

「それとね、それとね……いっぱいありがとーするの!」


 舌足らずに感謝を伝え、手にした花を差し出すが、如何せん窓に背が届かない。


 トウレゥゴが窓から手を伸ばすと、横からトベラノに抱っこされた子が、付き出してきた花を、思わず反射的に受けとる。


「……ありがとう」と躊躇いながら言うと、まだ花を渡せていない子供達が、どうしようと拗ねている。


 と、その時。

 子供達の手から、ふわっと花が舞った。

「……魔法?」とトベラノが呟くと

「そんなわけないよ。手品だよ」

 トウレゥゴが素っ気なく答えた。


 花は宙を舞って、トウレゥゴの手に収まった。


「すごおーい」

「きれー」

「ほおあ……」


 子供達が言葉にならない声をあげて燥いでいる姿に、トウレゥゴは目を細めている。


 レリジオとトベラノは、どこか淋しさが滲んだ、その笑顔を見逃せなかった。



 

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