二杯目 ストロングな夜

第2話

2021年某日


今日は何でもない平日。

そう、いつも通りの平日だ。

ぼんやりと自室でこの文章を書いている。

今日のお供はストロングゼロ、まるごとアセロラ9%。


正直ストロングゼロってあまり美味しいと思ったことがない。

かの有名なストロングのレモン味は檸檬という味でなくて、レモンなのだ。

加工品の匂いがどうしても鼻をつく。

それにきついアルコール感が苦手だった。

そんな私がなぜこれを選んだかというと、大のアセロラ好きだからだ。

小さい頃はジュースを買うたびにアセロラドリンクを飲んでいた。

赤いパッケージはまさにアセロラと大声で叫んでいるかのような見た目だった。

幼少の記憶をたどりながらアセロラという単語を見たときには既に手に取っていた。


期間限定


何故この一言だけで人は踊らされてしまうのか。


きっともう逢えないかもしれない。

そんな焦燥感に駆られてしまうのかもしれない。

刹那という言葉に人は弱いものだ。



グラスにたくさんの氷を入れる。

心地いい軽やかな氷の音。

ただのガラスと氷なのになぜこんなにも耳を澄ましたくなるのか。


いい加減早く飲めと言われそう。


酒をグラスに注ぐ。


この音。

ただの炭酸の音と言ってしまえばそれまでだ。

だが、これが酒の炭酸といえば話は違うのだ。

酒飲みにはたまらない音なのだ。

さらにつまみも用意しなくては。

とはいっても今の時刻は深夜1時半。

こんな夜更けに実家暮らしの私が料理なんてすれば超近距離近所迷惑だ。

そんなわけでずっと前に買っていたCRATZというお菓子を買っていたのを思い出した。

このお菓子みんな知っているだろうか。

やっと役者が揃った。


酒の入ったグラスにそっと口をつける。


まず驚いたのはしっかりとアセロラの香りがすること。

匂いは完全に幼少の記憶と合致していた。

口に含んでみるとまず最初にアセロラの香り、とともに徐々にやってくるストロングの酒感。

きっと苦手な人は苦手なこの味。

私もこれが苦手だった。ウイスキーのような豊潤さや香りを楽しむものではない。

だが不思議とレモン味よりも飲みやすい。

普通に飲めてしまう。

本当に9%なのか?

頭の中には疑問符とともに塩味が欲しくなる。

先ほど見つけたスナック菓子を開封した。

開けた瞬間に漂う確かなベーコンの香り。

目を閉じれば目の前でまさに焼き立てのベーコンを感じる。

肉と油のはねる音が幻聴となってやってくる。

そんな匂いだ。

口に入れるとベーコンの香りを感じつつ、強めの塩コショウ。

塩辛さは酒を飲めよ飲めよと囁く。

たまらずグラスに口をつけた。

残る塩辛さと、酒が相まってストロングゼロを飲んでいることなんて忘れていた。

たまに居るアーモンドがまろやかさを演出している。

一人寂しい気持ちも忘れ、酔いの中にいる。

ゆったりとした時間が流れていた。


アセロラの香りは幼少の懐かしい日々を思いださせる。

おばあちゃんの家に行ったらなぜか絶対に置いてある懐かしいペットボトル。

どの果物にもないあの不思議な味は今も存在しているのだろうか。

久しぶりのこの味を、この匂いを、酒という形で味わっている。


少しだけ感傷に浸ってしまった。

酔いが回っているせいだろうか。

ほんの少しだけ大人になってしまった自分に寂しさを感じたのだろうか。

もう幼い自分は居ないのだ。


酒が入るとこんな当たり前のことにすら深く考えてしまう時がある。


だが、こう考えさせてくれるのもまた酒なのだ。


静かな部屋で炭酸とスナックを食べる音だけが響く。

そんな音すらも私の世界。

心地がいい。


酒はもうあと少しだけになっていた。

幼少の記憶に触れられる魔法の時間もあと少しなんだと思うと寂しさが募った。

どんなに手を伸ばしても、足掻いてももう手に入ることのない記憶。

「人という生き物は記憶という場所と匂いが強く結びついていて、匂いによって記憶が蘇る」そんな言葉を聞いたことがある。

だからドルガバのあの曲が流行ったのかな。なんてちょっとだけ考えた。

私は今まさに、その現象を体感している。

おばあちゃんちの家の様子をぼんやりと、時には鮮明に思い出させる。

そんな時間が終わってしまうのだ。


ぼんやりとした思考回路。

この感覚が気持ちいい。


気が付けばグラスは空になっていた。


まるで思い出話は終わりだよと言っているかのようだ。

グラスの向こう側をを映し出している。

その間にはないもない。


たった一缶飲んだだけなのになぜか酔う。


この不思議な飲み物は何なんだろうか。


やっぱり苦手だ---。

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