闇色の商品たち

 その後、エマはノエを伴って客席に着いていた。


『――我儘を通してもらったからね。オークションのほうにも参加させてもらうよ。勿論、構わないだろう?』


 穏やかに微笑むエマに何度も頷きながら、オーナーは散らばった札束を一心不乱にかき集めていた。まるで、ごちそうを前にした豚のように口の端から涎を垂らして、上等なズボンが汚れるのも構わず膝をついて。


 そんな無様の塊を放置して、エマは裏口から出て表に回った。

 会場には名だたる富豪や名家の人間が、仮面舞踏会のような格好で思い思いの席に着いている。金持ちたちが侍らせている女性も美しく着飾っており、エマはふと傍に立つ小さなノエを見下ろした。


「ノエにも服がほしいね」

「いま着てるのじゃだめ?」

「せっかく可愛いんだし、可愛い服着せたいじゃない」

「そういうもの?」

「うん」


 エマが頷くと、ノエは「そっかあ」と納得したようなよくわかっていないような、ふんわりと曖昧な声を零した。

 エマの姿に気付いた周囲の客がざわめくのも、隣をひと席ずつ空けられているのも構わず、隣に座らせたノエと手を繋いでのんびりと開宴を待つ。


『皆様、大変お待たせ致しました!』


 やがて、身ぎれいな格好をした司会が舞台に上がり、高らかにオークション開始の音頭を取った。司会も顔を仮面で覆っており、この場にいる者で素性を明らかにしているのはエマとノエだけだ。

 

『まず最初の商品は、此方で御座います!』


 舞台袖から運ばれてきたのは、ベルベットのクロスが掛けられた台の上に乗った、見事なネックレスだった。女性のデコルテを象ったアクセサリスタンドにかけられた状態で、まるでヒロインのようにスポットライトを浴びている。

 キラキラと輝く無数のダイヤモンドが連なった先に、涙型をした大粒のパパラチアサファイアが存在感を放っている。


『亡国の王妃が死の間際まで身につけていたというクイーン・ダリアネックレス! 裏面には歴史の闇に埋もれて久しい国章が刻まれております! 宝石としての価値は勿論のこと、歴史的価値も高い此方の一品! 五千万からスタート致します!』


 司会が手を挙げると、会場の至るところからコールが上がった。

 六千、七千、八千と値がつり上がっていき、あっという間に億へと至る。それから一億六千万になったところでコールが止み、司会が『いらっしゃいませんか?』と、会場中を見回す。


『A3の方で、一億六千万! ありがとうございます!』


 カンカンと木槌が高らかに打ち鳴らされ、ネックレスの所有者が決まった。

 競り落としたのは座っていても長身であることが窺える三十代ほどの男性で、隣に座っている女性がうれしそうにしなだれかかっていた。どうやら、彼女にねだられて購入したようだ。女性も豪奢なネックレスに見劣りしなさそうな美女であろうことが仮面越しにもわかる、華やかな容姿をしている。


『続きましては此方! 二十四歳という若さで自らこの世を去った、世に十二作しか残していない稀代の画家、アウグスティーノ・ガリエの遺作! 俗に絶望三作とも、三大美女とも言われる作品の一つ、午睡の女でございます!』


 続いて出てきたのは、両手を広げても足りないほど大きなキャンバスに描かれた、ベッドに横たわる美女の絵だ。女性の体に纏わり付くシルクのシーツの質感や、艶を帯びた肌、白い枕にたっぷりと流れる豊かな金髪、虚ろに開かれた青い瞳。この絵が発表されたときは愛人だ恋人だと騒がれたが、のちにこの絵は画家の母親の若い頃をモデルにしたことが判明した。

 そして絵を完成させた直後に拳銃自殺をしていることから、世間は「彼は若い頃の母に恋をし、結ばれないことに絶望して死を選んだ」と囁いた。

 エマには芸術家の気持ちはわからないが、この絵は元より死体を描いているのではないかな、と何となく思った。


「怒りの日以前の商品も結構あるんだね。あれ、七百年前の絵だよね?」


 競りのコールが上がる中、ノエがぽつりと感想を呟いた。


「そうだね。うちもそうだけど、貴族や金持ちの家ってシェルターも立派だからさ。案外貴重品って残ってるもんだよ」

「へぇ、凄い」


 決して媚びることなく、かといって興味ない風を装うでもなく、あくまで自然体に好奇心を見せるノエ。絵画の次に出てきた、亡き王女のデスマスクにも「凄いものを売るんだねえ」としみじみしていた。

 デスマスク辺りから、オークションが裏商売らしい本性を露わにしてきたようで、次第に不穏な商品が現れ始めた。

 一つ目は持ち主が次々不幸になるという、大粒ピンクダイヤモンドの指輪。最初の持ち主は政治的取引で敵国に嫁いだ女性だった。だが彼女は王女にするという契約を一方的に破られて愛妾扱いをされた挙げ句、国から唯一嫁入り道具として持たされた指輪さえも正妻に奪われ、心を病んで自害した。その後は件の国も怒りの日によって甚大な被害を受け、正妻はやっと出来た子供を死産して発狂、国王は原因不明の病に倒れるなど、散々な目に遭ったのだった。

 二つ目は、自殺した主人の血を浴びて斑模様に赤く染まったと言われる、白薔薇のプリザーブドフラワー。硝子製のドームに入った状態で何故赤く染まったのかというミステリー要素も相俟って、一見普通のフラワーバスケットに見える商品にしては、そこそこの値がついた。

 三つ目は、クーデターによって断頭台にかけられた亡国の王女が、最期の瞬間まで身につけていたティアラ。役人が転げ落ちた首からティアラを取ろうとしたところ、死んでいるはずの王女の目がぎょろりと動いて睨み付けたという逸話がある。王女はこのティアラを大層気に入っており、公務の際は必ずつけていた。髪型やドレスさえティアラにあわせて作らせるほどで、王女の首からティアラを外した役人は、その後両手を馬車の車輪に巻き込まれて切断する事故に遭っているそうだ。

 四つ目は、父親の不正によって会社のみならず家ごと没落した元社長令嬢。育ちの良さがスタイルと美貌に現れているが、裏での『躾』によって憔悴しているせいで、精彩を欠いている。愛玩用として売り出されたが、若い女性を連れている四十代半ばほどの男性が、その女性の頼みで競り落とした。いったいどんな目的で買ったやら。漏れ聞こえてくる「以前のパーティでのお礼がやっと出来るわ」という言葉が商品の末路を匂わせているようだった。

 続いて、両親が借金をして逃げたため、奴隷として買われてきた少女。痩せ細った少女は嗜虐的な顔立ちの青年に競り落とされたようだ。彼女にもろくな人生が待っていないだろうが、エマには関わりのないこと。一瞬チラリと此方を見た気がしたが、目を合わせることはしなかった。

 救う気がないのに希望を持たせるほうが残酷なのだから。

 その後も様々な事情で此処に買われてきた人間が、檻に入れられて舞台上へと展示された。どれもこれも諦念に満ちた暗い表情をしており、仕方ないとはいえこれではノエが目玉と言われたのもやむなしかなと、エマは他人事のように思った。

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