気紛れ貴族の優雅なお買い物日和
宵宮祀花
エマとノエ
本当に、ただの気紛れだった。
或いは虫の知らせでもあったのだろうか。
エマは非合法な手段で得た商品を競りにかける場、闇オークションを訪ねていた。裏の商品がほしかったわけでも、人間の奴隷を探していたわけでもない。本当に何故此処に来たのか、エマ自身が一番理解出来なかった。
普段であれば、このような場を好む富豪を下品な輩だと見下しているのに。
会場裏の商品保管庫におかれている商品たちは、どれも全て死んだ目をしている。このあと身に降りかかる地獄を思えば無理からぬことで、だからこそどれ一つとしてエマの気を引くものはなかったのだが。
一つに結った長い金髪を揺らし、上等な衣装を身に纏い、装飾が美しい杖を片手に靴音を響かせる。
そうして、ある一つの檻の前に来たとき、エマの退屈は一変した。
「あれ? お客さん? 迷っちゃったの? こっちは客席じゃないよ」
その商品は、道端でアイスクリームでも食べているときと何ら変わりない、生きた表情をしていた。
白い髪、水色の瞳、透明感のある白い肌に、華奢な体つき。見るからに愛玩用だ。足首につけられたタグの商品分類番号にもそう記されている。
見た目は丸っきり少女だが、記載の『推定製造年月日』は随分前だ。しかも性別は男。どんな趣味の誰がどういう意図で作ったやら、推して知れるというもの。だが、顔や体に殆ど傷がなく、汚れてもいないので孤児ではなさそうだ。元々飼われていたものが売りに出されたか、或いは。
「……きみは、此処に囚われたんだよね?」
「そう。ちょっとしくじっちゃって」
参っちゃうよねえ。と、まるで参ってない口調で言い、商品の子供は自身が入っている檻を指さした。
「其処のプレートにあるのがわたしの名前だよ」
子供が指した先には、確かに商品説明のプレートが張り付けられていた。其処には商品番号や基本情報だけでなく、名前が刻まれている。ということは孤児ではないということ。基本的に商品となった孤児に人権はない。元々呼ばれていた名を尊重することはなく、囚われた時点で無名の商品になるはずなのだから。
「……これは、漢字? 私、東洋語は苦手だから、どう呼べばいいか教えて」
「じゃあ、ノエでいいよ。よろしくねえ」
にこにこと愛想良く言うと、ノエは再び膝を抱えてつま先を揺らし始めた。最初は媚びを売って購入者に選ばれようとしているのかと思ったが、そうでもないらしい。見たことのない人がいたから話しかけた。本当に、ただそれだけだった。
エマは暫くノエを見下ろし、小さくふむと呟いてからオーナーを呼びつけた。
「おや、これはこれは、ブーケ公の……」
エマに比べ金の臭いばかりが強く品のない服を纏った男は、醜く突き出た腹の上で分厚い手を調子良くすり合わせながら、妙に媚びた声で応対する。その度に、全ての指にはめられた指輪が耳障りな音を立てた。恐らくは幾度となく商品としての教育をされてきたのであろう他の商品たちは、オーナーの姿を見るや怯えた顔をして即座に目をそらしたのに対し、やはりノエだけは興味深そうにエマとオーナーのやりとりを見つめている。
「幾らだ」
「へっ……?」
オーナーの見え透いた媚びには目もくれずエマが端的に問うと、オーナーは媚びた揉み手を止めて間の抜けた声を漏らし、エマを見つめた。
エマの視線は、檻の中の商品に向けられている。
「そ……それは、本日の目玉商品でして……」
「予想最高額は?」
聞く耳を持たない様子にピクリと眉を寄せる。しかし相手は、世界三大貴族とまで言われる名高き公爵家である。もしブーケ公の長がその気になればこのオークションなどオーナーの首ごと撥ね飛ばし、忌み地に沈めることが出来るのだ。
いくら子供だとしても相手は仮にも公爵家なのだからと自分に言い聞かせ、小さく咳払いをすると、オーナーは「予想最高額は……」と前置いてから、敢えてそれより高い金額を告げた。
名だたる富豪の参加予定者たちさえ後込みするほどの高値を言えば諦めるだろうと踏んでのことだった。
「そうか。なら、私が買おう」
「な……!」
オーナーの予想に反し、エマは臆した風もなく言い切った。
ここで押し負けては、貴重な目玉を失ってしまう。オーナーは揉み手を握り締め、困りますと重ねて訴えた。ずっと重ねたままの手の中は、水に突っ込んだかのようにじっとりと汗ばんでいる。
なによりエマは手ぶらなのだ。仮にいま手にしている杖を代わりとしたとしても、意匠は素晴らしいが、とても商品と釣り合うとは思えない。
これはただのアルビノの子供ではないのだ。
「いくら身分の高い方であろうとも、この場でお売りするわけには参りません。まずお父上に了承を取って頂き、お金をご用意の上できちんと客席へ……」
果てにオーナーは、明らかな子供扱いをしてでも止めにかかった。お前はいまこの商品を買えるだけの金を持っていないだろうという内心の声が漏れ聞こえるような、あからさますぎる態度だった。
「……そうだな。確かにいま私は財布を持っていない」
そんなオーナーの様子を淡く微笑い、エマは杖を地面に叩きつけて、高らかに打ち鳴らした。高い天井に硬質な音が反響し、オーナーが訝しげな顔をする。
――――直後、上等な黒服に身を包んだ男たちがどこからともなく一斉に現れて、エマの背後に恭しく跪いた。男たちは頭を垂れたまま、エマに差し出すように立派なアタッシェケースを掲げている。まるで献上品のように。
「生憎、鞄は持ち歩かない主義でね」
艶然と微笑み、近くのスーツケースを一つ掴むとそのままオーナーに叩きつけた。バンッと、広いテント内に乾いた音が響き渡り、開いた口から飛び出した札束が鳥の羽音のような音をたててオーナーに降り注ぐ。
「……それで、いくらほしいって?」
この瞬間、ノエの購入者が決まった。
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気紛れ貴族の優雅なお買い物日和 宵宮祀花 @ambrosiaxxx
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