第5話
少年は私が与える本を日々黙々と読んでいる。特に必要以上に会話も交わさずにいるが、不思議と不快感はない。
一日の終わりに「欲しいものはできたか」と尋ねるが、首を傾げて「わかりません」という。自分の命を守るための嘘というわけでもなさそうだ。
次からは少し志向を変えて、彫刻や絵画の図録を見せてみよう。何冊か見せると、彼は絵画よりも彫刻に特に興味を持ったようだった。
「この子はカカシですか?」
数日経った頃、少年は一体の少年像を指差して、そういった。
「どうして、そう思ったんだ?」
「頭蓋骨の中にパソコンが入ってたので」
「カカシではないけど、その子は確かにみんなからバカにされてたから『頭が良くなりたい』と言ってたね」
少年は細い首を傾げる。
「では、あなたがカカシですか? それともブリキの木こりですか?」
私は一瞬、息を呑んだ。
「……カカシ」
母のため息が聞こえてくる。幻聴だ。これは幻聴。あの人はこの家にはいない。通常の子供よりも発育が遅かった私にあの人はよくため息をついた。
『ナンダカ、コノコ、カカシ、ミタイ』
私は言葉を発するのがとても遅かった。知的障害も途中まで疑われていた。
脳を欲しがるカカシ。母はため息と共に、オズの魔法使いのキャラクターに私を準えた。
「カカシですか。なるほど。じゃあ、ボクはブリキの木こりかもしれません」
少しばかり、過去に意識を飛ばしていた私を少年の声が現在へと呼び戻す。面白い子だと思う。確かに人形ようなところがあるし、ブリキの木こりが近い。
「じゃあ、臆病者のライオンは?」
なんとなく聞いてみた。艶のある黒い瞳をじっと向けられ、まつ毛が瞬く。
「……きっと、あなたのお母さんだと思います」
私は声を上げて大笑いする。少年はその声の大きさにびっくりして、目を見開いた。
「傑作だ! 確かに、あの人に足りないのは勇気だな!」
私の犯罪行為を隠蔽し続け、ついにはオークションで買った少年まで与える臆病な母ライオン。
少年にもっと色んな知識を与えてみることにした。本もテレビも新聞も。気になったものを自由に選び学ぶことを義務付ける。
知識の先に彼が何を欲しがるようになるのか。楽しみだ。
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