第3話

 息子は……母親である私がいうのもおかしいですが、幼い頃より異常な子でした。


 これまで夫も私もかなり裕福な家に生まれ、何不自由なく生きてきました。だから、息子は私たちの初めての挫折でした。


 虫をちぎって遊ぶ子はたくさんいますし、最初の頃はそこまで気にしていなかったんです。


 それが蛙になり鼠になり、対象がだんだんと大きくなってくると、さすがに私は不安になってきましたが、夫は「男の子だから。そのうち落ち着くよ」と私を宥めました。


 しかし、夫は当てずっぽうもいいところでした。


 おそらく一番の転機は、夫の兄が息子に昆虫標本キットを与えたことだと思います。


 夫といい、義兄といい、思い返すたびに怒りが湧いてきます。


 私は早いうちに専門家に診せるべきだと、ずっと、ずっと主張してたのに!


 ああ、血圧があがると、また先生に怒られてしまう……。いけない。



 小学校で些細なことから級友を石で殴りつけた息子は、それ以来すっかり不登校になっていたこともあり、昆虫の標本作りにのめり込み、鳥類や哺乳類の剥製を行うようになるまで、あっという間でした。


 夫の父親は狩りを好んでいたこともあり、彼も仕留めた獲物を剥製にし飾っているような家で育ったものですから、ここでも息子の悪趣味な行動を咎めることもなく、むしろ助長するかのように道具を与えたり、馴染みの剥製師の元へ教わりに行かせたりさえしました。


「いいじゃないか。芸術家。家業は兄さんの子供に任せればいいし。君の家だって、経営からは退いてるんだろう? 僕たちの子供は好きな道に進ませてやろうよ」


 まるで息子の理解者かのようなふりをする夫にはうんざりでした。


「あなたは本当にあんな悍ましいものが芸術だというの?」


「まぁ僕はそういうの門外漢だから。少なくとも投資と節税のために買ってる現代アート、あれの価値はよくわからないね」


 肩をすくめる夫。私が「きっとこのままでは、とんでもないことになってしまう」と泣き崩れても彼は真剣には取り合ってくれませんでした。


 しばらくして、街でペットがいなくなる事件が頻発するようになりました。


 私は息子の部屋と化しているガレージで、それらを見つけた時、もっと絶望するかと思っていましたが、いざ直面してみたら不思議と落ち着いていた自分に少々驚きました。


 ただ、見つからないようにだけは必死に願いました。でも見つかったところで、弁護士にお願いして、お金で解決すればいいとも、頭のどこかで思っておりました。


 良くも悪くも私も「金持ち」の一員なのです。道徳心や倫理観から綺麗事を言っている自分に自己嫌悪を感じ、塞ぎ込むことが増え薬にも頼ることが増えました。



 息子が十三歳になる頃、彼の異常行動を人の目から隠すように、私は郊外の別邸で暮らすようになりました。夫は仕事を言い訳にし、愛人と都会のマンションで暮らしていましたが、もう彼に期待はしていませんでした。


「よそ様の家の動物に手を出してはいけない。欲しい動物がいるなら自由に買っていいから。お願いよ」


 何度も何度もそういい含め、息子も大人しく従ってくれました。時々、夫や義兄家族と狩猟に行っているのも良かったのか、この頃は比較的落ち着いていたように感じます。


 でも、男の子が行方不明になる事件が起きました。すぐに私たちは引越しをしました。なぜなら、息子が車の免許をとった途端の出来事だったからです。


 次の街も、その次の街も、事件が起きる度に引越しをしました。


 私はもう限界でした。だから十八になり成人した息子を山荘に閉じ込めることにしました。元々その山荘は息子の悍ましい作品を保管する場所でしたら、息子もあまり抵抗せずに了承してくれました。


 息子はその後も都会まで車で赴き、狩りをしているようでしたが、家出した子や家のない子を選んでいるようでしたので黙認しておりました。


 しかし、ある日、父経由で司法関係者から連絡があり、私は戦慄いたしました。


 息子の名前が容疑者として上がっていると。


 父に洗いざらい息子のことを相談しました。泣き崩れる私を父は優しく抱きしめてくれました。それから、父は「安全な少年」の入手について教えてくれました。


 富裕層向けのオークションです。「もう安心しなさい。そこではなんでも取り扱っているから」と父は言いました。


 一瞬、父も何か購入しているのでは、と疑問はもたげましたが、私は救われたい一心でその疑念を脳の隅へと押しやりました。


 父に連れられて、私はそのオークションへ参加をすることにしました。オークション会場は、島全体が会員限定のリゾート施設となっていて、非常にクローズドな空間でした。


 商品カタログを見ながら、少年を選びます。どうせすぐに殺してしまうのですから、一番安価な体細胞クローンの子にしました。


 商品名は『オニキスシリーズ』とあります。クローン元になった人物は極東アジアで芸能活動もしており、特に幼少期の美貌は比類なきものがあったようです。カタログ写真からも大変美しい少年だとわかります。


 オークション前に実物を確認すると、写真よりもさらに美しく笑顔も可愛らいしい子でした。少し良心の呵責を感じましたが、私は少しだけ「こんなに綺麗な子なら、あの子も大事に扱うかもしれない」と期待も感じました。


 特に競争相手もおらず、私は簡単に落札することができました。落札価格は三千万ヴェリほどで、高級車とさほど変わらない値段で少々拍子抜けしました。

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