第2話

 母に連れられてやってきた黒い艶のある髪と瞳をもつ少年は、まるでビスクドールのごとく、それはそれは美しかった。


 優しく微笑む母に少年は背中をそっと押され、私の前に立つとこれまた綺麗な動作でお辞儀をする。機械仕掛けのビスクドール。


「オークションで買った子は高いから大切にしましょうね」


 まるで物を粗雑に扱っているかのように母から釘を刺され、私は眉をしかめた。


 芸術が理解できない母。私を受け入れない母。


「早く帰ってくれよ、母さん」


 睨んで拒絶の言葉を告げる。母は何か言いたそうに何度か口を開いたが、結局なにも言わぬまま私に買い与えた山荘から出て行った。


 窓から車に乗り込む母の姿が見える。私の世話を頼まれている使用人たちがペコペコと母に頭を下げている。私はカーテンを閉めた。


 しばらくして高級車のエンジン音が鳴り、ようやく母が帰ってくれたので大きく息を吐き出した。母といると上手く息ができない。


 私は二、三度、鼻で呼吸し気を落ち着けたあとで、母が置いて行った少年に向き直った。何度見ても、隙のない美しさだ。


 少年は同じ年頃の子のようにキョロキョロするでもなく、やたら落ち着いており、私にはその点がいささか新鮮であった。ただ単に知能に問題があるだけかもしれないが。


「名前と歳は?」


 少年はゆっくりと長いまつげで大きな瞳を瞬きする。


「名前はありません。名前はつけていただいても、名無しでもどちらでも。歳は十二歳になったばかりです」


「君は自分の状況がわかっているのか」


「泣いたり叫んだりする子がお好みでしたか?」


「いや、静かな方がいい」


「それはよかったです。返品や交換はできかねますから」


 家畜でも屠殺の前には自分の運命を憂うというが、少年はあまりにも身の危険に無頓着なようだ。


「ボクは育てやすいように薬物でメンタルを調整された量産タイプなので、感情が豊かなタイプは手間がかかるのでもっと高価です」


「ただの興味本位だが、そういう子はどうやって育てるんだ」


「最高級ラインは、養子に出して普通の子として育てます」


「なんでそんなに詳しいんだ?」


「ボク、売れ残りなんです。だから生産管理側のスタッフになる直前だったんです。仕事の勉強はもう始まってました」


 そう言って、はにかんだ少年を見て、私は彼の中に虚空を感じた。おそらく大多数の成人たちが好ましく感じられる笑い方。訓練を受けているのだろう。


 私は彼を見据えた。


「母からはどこまで聞いてるんだ?」


 白く細い首を傾げる少年はどこまでも商品として愛らしく無知で悍ましい。


「まぁ、あの人は私のやっていることなんて理解できないか」


 私は作業場に彼を連れて行くことにした。


 

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