第23話 掘り返された過去
「思いあまった張公子は、土地神の祠の抜け道を使い、埋酒を探すために屋敷へ侵入したのだね」
張文俊は再び目を丸くし、「どうして?」と疑問を口にする。
雷嵐は、あっけらかんと答えた。
「貴族の邸宅が立ち並ぶなか、あの祠だけが景観を損なっている。国の中枢を担う役人の屋敷としては、あまりにも不自然だ。だからこそ、屋敷の主人があの景観を許しているのには、何か理由があると思ったのだよ」
説明を聞いて深くうなずき、張文俊は言った。
「あの祠には隠し通路があります。秘密の客を屋敷に招き入れるための出入り口なのです」
張文俊の話に、杜天佑は密かに驚いた。ただ、すぐに思いなおす。張文俊の父は前の中書省郎中。王命の草案を担う重職の長だった人物だ。政治が絡めば、いつ、だれと会うかすら隠す必要があったのかもしれないと、予想がついたのだ。
張文俊の話を受け、雷嵐が言う。
「それで、屋敷の外の祠に近い前院の坪庭から手始めに探しはじめたわけだ。だが、埋酒は見つからない。二進院の内庭、三進院の内庭と少しずつ奥へ進んで探すうちに、五進院にまで来てしまった。つまり、お父上は酒瓶を埋めた場所を正確には覚えていなかったのだね」
まるで全てを見ていたかのようだった。確信めいた雷嵐の言葉に、張文俊は目をまるくして話しだす。
「はい。酒瓶を埋めたのは使用人です。しかも、父が指示したのは『内庭の庭木の下』とだけでした。具体的な場所は使用人の判断に任せたのです。ところが、酒を埋めた者は何年か前に亡くなっていて、埋めた場所がわかりません。それで、しかたなく内庭の庭木の下を手当たり次第に探していました。そして昨日、五進院で埋酒を見つけたのです。ただ、掘りだす前に人に見つかってしまいました。そこで、家人をすこし脅してでも、今日こそは掘りだそうとやって参った次第です」
張文俊の言葉にうなずくと、雷嵐はつづけた。
「掘り返してみなければ酒瓶の有無はわからない。だから、一つの場所に長居しがちになり、人の気配を察すると逃げ帰るを繰り返したわけだ。奥へ行けば行くほど見つかる危険も大きくなる。少しずつしか進めなかったのは必然だね」
ここまで聞いて、杜天佑は昼間の雷嵐の奇行の意味を理解した。彼はきっと、最初に見た前院の坪庭で掘り返した跡を発見したのだ。棒きれで地面を突いていた場所には、掘り返された跡があったのだろう。そこを突いて、掘った深さや埋まっている物の有無を確かめたのにちがいない。そして、最後に調べた五進院の内庭で雷嵐もまた、張文俊と同様に埋酒の存在に気づいたのだ。
杜天佑が黙して状況を整理していると、「だけど」と間の抜けた声をあげ、段志鴻が会話に割って入った。
「なぜ、張公子は『うらめしい』と言っていたんだ?」
段志鴻の質問に、張文俊は気まずそうに目を泳がせた。彼は、ぼそぼそと答える。
「夜中に、こそこそと自分の家だった屋敷に忍びこむ……そんなわが身の不運が呪わしくて、つい恨み言が口をつきました」
幽霊の正体は、持ち出し忘れた酒瓶を探す気の毒な青年だった。凶宅だと騒いだときの恐ろしさなど、もはやない。
聞きたい話はすべて聞いた。すべて話しきった張文俊は、うつむいて黙りこんでしまった。
杜天佑は「段頭領」と呼びかけ、上司に伺いをたてる。
「許可なく高官の屋敷に侵入した張公子は、どうなるのですか?」
ゆっくりと杜天佑を振り返り、段志鴻は困惑顔で答える。
「官位の剥奪は免れないだろう。父親の張文彬も連座で、庶民に身を落とされかねない。そうなると、張家の人々は庶民。陳大人は、娘が王太子妃候補にもなる大貴族だ。無礼打ちだと言って、陳大人が彼らの命を奪っても、だれも文句は言えないね」
段志鴻の話が終わるころには、張文俊の顔色は死人のごとく青ざめ、今にも倒れそうな様子になった。
――段頭領の見解は妥当な線だ。だけど……
話を聞くうち、杜天佑は張文俊を不憫に感じた。いつもなら黙って見守る彼だったが、思わず嘆願する。
「おっしゃるとおりだと、わたしも思います。ですが、張公子は父親と妹のために行動したのです。決して、私欲のためではありません。なんとか、穏便に処理できませんか?」
本音は杜天佑と同じだったらしい。部下の言葉に、段志鴻は「むむむ」と唸った。
そこへ、すかさず雷嵐が口をはさむ。
「杜天佑の話は一理ある。張公子の家族を思う気持ちは、家族道徳を体現した態度だと言えなくもないな」
雷嵐が意見を述べた直後、ぱんっと両手を打ち合わせ、段志鴻は「それはいい!」と声をあげた。
「国家の安定につながると、大王は親孝行に重きをおく『孝経』を尊んでおられる。今回の事件も、張文俊が孝行息子だったために起きたと主張すれば、穏便に収まるかもしれないぞ。それに、陳大人は王太子殿下の義父になる予定の方だ。王太子殿下が口添えしてくだされば、大ごとにならずに済むかも!」
考えながら話しているのだろう。段志鴻は言葉を紡ぎながら何度もうなずく。それから彼は張文俊に笑顔をむけ、「兄上から王太子殿下に頼んでもらおう!」と提案した。
みるみる顔色を取り戻し、張文俊は段志鴻の前に膝をついた。「感謝します!」と叫ぶと、彼は何度も地面に頭をつけて叩頭の礼をする。
最上級の礼を示され、まんざらでもない様子の段志鴻は、はにかみながら張文俊を立たせてやる。
一通り礼を述べ、人心地ついたのかもしれない。ふいに、張文俊は「おんな……」と口にしかけた。
杜天佑は、『おんな』は『女』だと直感し、どきりとする。途端、彼にむかって来る張文俊の前に、江若雪が立ちはだかった光景を思いだした。
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