開化烈闘

みけめがね

第1話 荒くれ少女は戦闘狂

 太平洋に面した大きな港街の小さな魚港の片隅、一人の小さな少女が縮こまった小さな背中をぐぐぐと引き伸ばし、一隻の小さな魚船から軽やかに飛び降りる。


「ここが本土か……」


 春の潮風が小さな少女の着崩した着物の袖をさらさらと撫でる。随分慣れてきたサラシの窮屈さをばさっと開放したくなるような気持ちのいい風。


「嬢ちゃん、こんな辺鄙なところで降ろしてってもいいのか? ここから東京まで歩きだと結構かかるぜ?」


漁船の船長は手入れされていないであろうぼさぼさの赤髪の少女に声をかける。


「ここで大丈夫だ、あと嬢ちゃん呼びはやめてくれよ

「おっさんって……俺はまだ二十八だぞ」

「おっさんの顔が老け顔なのがわりーんだよ、まぁありがとな!」


少女はそう言って一度大きく漁船に向かって手を振り、街の方向へ歩き出す。



―――――――――――――――――――――――


 少女がたどり着いた街はこの辺りでは一番栄えているらしく、大勢の人であふれていた。少女は初めて見る光景に胸を躍らせながら街の中心を闊歩する。


「……?」


ちょろりと足首のあたりに細い紐のような感触がして少女は目線を下へ向けると足元を三匹の小汚いネズミがそそくさと駆け抜けて行った。


「本土も思ったよりきたねぇんだな……」


そう独り言をこぼし、少女が顔を上げると何やら石橋の上に人だかりができていた。


(なんでこんなところに人がたくさん集まってるんだ?)


少女がそう思った瞬間だった。


「きゃあああ!!」


女性の悲鳴が上がり、何かを恐れるように野次馬の群れはクモの子のように散っていった。

視線の先が気になった少女は人々の視線が集まっていたモノを確認しに橋の下を覗いた。


「な、なんだあれ……!?」


 橋の下の線路上を走る汽車の中から死体に湧いたウジのように湧き出てきたのは先ほど少女の足元を通り過ぎて行ったドブネズミの大群。そして最も目立つのが体高三メートルほどあるであろう大ネズミ。噛みちぎられた人間の白い腕を骨ごと咀嚼している。

ボリボリと骨の砕ける生々しい音が響く。常人なら軽く絶望してしまうそんな光景。

だが、この少女は一味違った。


「あんなでけぇ妖がいるのか……ふぅん、オレここ来て良かったかも♡」


少女は恋する乙女のような甘い声でそうつぶやき、胸を覆っているサラシを少しだけほどき、左胸に拳をあてる。


「開化!!改刃かいじん!!!」


少女が叫ぶと少女の左胸から赤みがかった大剣がギラリと姿を現した。


「ギュギューーー!!!」


 殺気を察知したのか橋の下の大ネズミが大きな声で鳴くと、ドブネズミたちが橋の下から這い上がってこちらに攻撃を仕掛けてきた。

少女の皮膚を鋭い爪で切り裂き、堅い歯で貫く。一瞬にして少女はドブネズミの大群に覆われた。


「最近、うまいもんもロクに食えてねぇから貧血でよ……まぁ、お前らから攻撃してくれてオレは嬉しいぜ?」


少女が言うと身体を覆うドブネズミたちが次々と硬直し、次第に倒れはじめた。

バシャバシャバシャア

硬直していたドブネズミが針を刺した水風船のように突然破裂し、汚い血液となって少女の周りに飛散する。


「ギュウーーー!!!!」


大ネズミは仲間の死に怒り狂ったように汽車を持ち上げ横転させた。


「まだオレは足りねぇぞ~」


石橋の上から血まみれの少女は退屈そうに大ネズミを煽る。


「ギュウ……!!」


大ネズミは橋の上の少女に向かって跳びかかる。


「そうこなくっちゃ……」


少女が再び戦闘大勢を取った瞬間だった。

ドォン

突然銃声が響き、大ネズミのこめかみを一発の弾丸が貫いた。


「……は?」


ズシーン……


大ネズミは大きな音を立てて倒れ、その巨体は白くボロボロと崩壊していく。

その様子を呆然としながら少女は見つめる。


「……退妖完了か、ってこんなところに一般人!? あああ……咲子に怒られる……」


少女が振り返ると十代くらいの糸目の青年が慌ててこちらに向かってきている。


「あなた、血だらけですが……大丈夫ですか?」


糸目の青年は心配そうに少女に声をかける。


「お前がやったのか? あの銃声」


糸目の男はもう一度大ネズミの方を見てから


「はい、それはそうなんですが、通報にあった大量のドブネズミはどこに行ったんでしょう……」


糸目の青年は周りを見渡す。


「あ、それオレがやったと思う。多分全部じゃないけど」


一度思考停止したかのように青年の言葉が詰まる。


「ははは……御冗談を……」

「嘘じゃねぇって! ほら、血まみれだろ!」


少女はドブネズミの血が染みついた袖の部分をこれでもかと苦笑いする糸目の青年に向かって見せつける。


「はぁ……」

「『はぁ……』ってなんだよ!? もっと言う事あるだろ?!」

「あ、いたいた、真幾まいくー!」

「げっ……まずい」


石橋の向こうやってきたから艶やかな黒髪の少女はじとーっとした瞳で二人、特に赤髪の血まみれの少女の方をまじまじと見つめた。


「お前、まいくって名前なの? ははっ、おもしれ―名前」

「笑うな!」

「全く、初対面なのに仲が良いようで……」

「「良いわけねぇ!/ない!」」


ふたりの声はパズルのピースがハマったように綺麗にハモった。


「ほら、息ぴったりじゃない……ってそんなことより! 真幾、ドブネズミの行方についてはなにかわかった? お嬢さんも良ければ教えてほしいんだけど」


「お嬢さん……こんな野蛮な女をお嬢さんって……」


「だから、ネズミはオレが全部ぶっ殺したんだけど、こいつが信じてくれねぇんだよ」

「……」

「……」


ゴンッ!


「痛ッッッ」


洋装の黒髪少女は無言で真幾に拳骨をお見舞いし、スカートのすそを広げ、赤髪の少女に向かって丁寧にお辞儀をした。


「失礼。私、波雫咲子なみだ さきこと申します。こちらのアホは橘真幾たちばな まいく。お嬢さんもしこれから予定がなければ、いや予定があっても貴女に来てほしい場所がございます。よろしいですか?」

「ん?いいぜ。なんか面白そうな気がするし」


思いのほか軽く了承する赤髪少女。


「お名前だけ、お伺いしてもよろしいですか?」


「荒木レン だ」


「じゃあ、行きましょうか。に」


荒くれ少女、荒木レンは妖退治が生きがいの少々異常な十五歳。

動乱と変革の明治時代。レンは大都会東京でどんな妖に出会うのか……

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