誰が為の回想録(メモワール)
夜縹(よはなだ)
袖幕にて
いらっしゃいませ。店内どうぞごゆっくり、ご覧くださいませ。
⋯本日は
ああ、失礼。ひさびさのお客さまでしたもので、つい出すぎたまねを。
⋯そう、そちらの地名はどうも私には耳馴染みがございませんね。はるばるいらっしゃったのですね、この時間ですから、そとはよほど寒かったことでしょう。此処を見つけていただき、どうもありがとうございます。
ただ、
ふむ、「とっておきの奇譚」ときましたか。いやはや、貴方さまのようなお客様ははじめてだ。⋯いいえ、ふたりめ、だったかもしれません。どうも記憶にかんしては頭が弱くて、申し訳ございませんね。
そうですね⋯ええ、もう、だれにも忘れてしまわれぬうちに、
それでは、私が上等にこよなきものと自負しているものが、ひとつございますよ。
ただ、こちらには置いていないのです。しかし安心なさい、さしたる問題はありません。
それの中身につきまして、私以上に知るものはございませんので。いえ、お代などいただく訳にはまいりません。もしもご興味があるようでしたら、貴方さまのお時間がゆるすかぎり、言い値で語ってさしあげましょう。
⋯かしこまりました。それでは、奥へいらっしゃい。口ざわりの甘いものはいけるたちでしょうか?
⋯よかった。では、こちらで
ああ、火に寄りすぎないで。炎はいつでもあたたかく、思わず身を寄せたくなるものですが、寄りすぎてしまえばうっかり、そのうつくしい髪をも焦がしかねませんからね。
さて、ご用意はととのいましたか?
なに、そう構えることはございません。どうか、心を落ち着けて。今宵貴方さまに、ゆっくりと聞かせてさしあげましょう。
今なお色あせることのない、無名の
誰が為の回想録(メモワール) 夜縹(よはなだ) @meimeitya
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