第3話
…麗也は走った。
この先に何を掴むのかも知らず、ただ走った。
…今はただ、生きていたかった。
憂おうが晴れ 第三話
「退避(1)」
パンフレットをもらった後、すぐに麗也が駆け込んだのは、[晴れ傘]のアンブレラだった。
小さな城のような建物入ると、様々な物が見られた。崇められている神と思わしき、優しそうな顔をした石像、建物の壁や天井に散りばめられた綺麗なステンドグラス、そして鏡の様に磨き上げられた大理石の床。
…まるでおとぎ話の中の教会の様に荘厳で、美しかった。
…建物の奥を覗くと、祭壇で祈りを捧げている
スーツと眼鏡を身に付けた、何やら真面目そうな男性がいた。
向こうもこちらに気づいたようだ。息を切らした麗也の様子から、少し怪訝そうな表情で声をかけられる。
「ようこそおいでなさいました。本日は、どのような御用でこちらへ?」
「あの…この、国から出されたパンフレットのことで…」
麗也はパンフレットを見せる。
男性はパンフレットを一目見て麗也の状況を理解したらしい
「成程…国が行う再検査について、ですね。ここ最近では多く相談が寄せられております。
…まず回答として、この国にいる限りは逃れることはできません。」
それを聞いて落胆する麗也を尻目に、男は続ける。
「落ち込む必要はございません。検査から逃れられないのは、あくまで"この国にいる限り"ですよ。」
「…というと?」
「国外逃亡。それ以外の道はありません。」
「そんな事、出来るんですか?監視も厳しいのでは…」
「大丈夫です。成功した事例は御座います。」
「そうなんですか!?…ちなみに、一体どのような方法で?」
「旅客機のハイジャックです。成功した事例と言っても、その一回だけらしいですが。そもそも一度行った方法は対策されますからね…貨物船や輸送用飛行機に潜入したり、漁船として出した船で国外へ行こうとしたりしましたが、どれも失敗に終わりました。もちろんどの方法ももう使えませんよ。対策が強化された模様ですから。」
「じゃあもう逃亡は無理なのでは…」
「…こんなことを話しておいて何ですが、明日未明、集団で逃亡作戦を決行するんですよ。…参加、なさいます?」
いくらなんでも唐突すぎる提案だった。
だがしかし、自分には逃げること以外の選択が残っていない…そのことをあちらも分かった上で、意志の確認をしているのだろう。
自分は…どうしたい?
「はい、参加させていただきます。」
向こうへの信用なんて皆無だ。でも今は…
生きたい。生きたいんだ。
国に殺される前の最後の足掻きだ。
「…そうですか。でしたら、今回の逃亡計画の説明をさせていただきます。…長い話になりますので、お茶でもどうぞ。」
…家族や友人に会って、別れを言うヒマもなさそうだな。手紙を出すのも、やめておこう。自分が逃亡したという証拠が残る…ことはどっちにしろ変わらないだろうけど。
危険を冒してでも逃げると言ったら、皆は引き止めるのかな?
そんなことを思いながら、逃亡の作戦について耳を傾けた。
多少複雑だったが、眼鏡の男が話す作戦とは簡単にまとめるとこうだ。
まず明日の朝、国の特別管制船が出港するらしい。
特別管制船とは、政府の海上交通取締局で働く人達が数ヶ月ほどに交代で搭乗し、国で定められた海域を出た船を取り締まる為の超大型船だ。
そもそも功翔にある船という船は全てにセンサーとエンジンを止める装置がつけられており、船が海域を出た瞬間にエンジンが止まる。また、センサーから国へ情報が通達され、そこからの指示で管制船の下部に積まれている漁船サイズの小さな船が出され、すぐに取り締まられるという、なんとも厳重なシステムになっているらしい。
搭乗員は十数人のみだが、防犯システムがそれはもう厳重になっている。
搭乗員自身の逃亡を防ぐために、船の操縦は功翔本土より遠隔で行われ、船に載せる物の検査も厳重になされ、さらには船内のいたるところに監視カメラが設置されている。
そんな船を利用し、功翔を脱出するとのことだ。
もちろん出港前にも24時間体制で警備がなされており、侵入は不可能…だと思われていた。
だがしかし、向こうの警備にはこちらのスパイがおり、上手いことやってくれる…とのことだ。
「…さて、一通りの説明は終わりました。
それでは…今夜24時頃、こちらへ来ていただけますか?」
「…24時まで、ここにいるってことは出来ますか?」
「もちろん、よろしいですよ。客室がありますので、そちらでお待ちください。」
その後案内されたのは、赤い絨毯の敷かれた、豪華な客室だった。
お茶にお菓子も用意されていたが、どうにも食べる気にはならなかった。
…それから約1時間が経つと、一人、母と同じくらいの歳に見える女性が部屋へと入ってきた。
「…あら、麗也くん?」
突然名前を呼ばれ、困惑したが。すぐに誰なのか思い出した。…海斗の母だ。
「どうも、こんにちは…」
そうしてしばらく沈黙が続いた。
その後、海斗の母がようやく口を開く。
「麗也くん…その、いつも海斗によくしてくれてありがとうね。」
「いえ、こちらの方こそ、本当にお世話に…」
なぜだか急に、どっと涙が溢れて来た。
それにつられてか、海斗の母も泣き出す。
自分は母と親友を置いて、彼女は息子と夫を置いて、この国を出るのだ。しかも、そもそも生きて逃げれるかどうかすら分からない状況だ。
きっと、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、涙になって流れ出したんだ。
そのまま、時はただ進んでいった。
第三話 終
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コラム
[晴れ傘]の起源と教え
「…さて、この前の話の続きをしましょう。
あのような歴史を歩んできた功翔したが、もちろん不満を持った人々もいます。
この国の大抵の人は、もはや魔法使いが殺されるのは至極普通な事だと刷り込まれていますが、その中でもそんな状況に抗議してきた人達です。
もちろんそのような人達が功翔から歓迎されるはずもなく、当初は何の力もありませんでした。
しかし時が経つにつれ、そういった人達に賛同する人も増えていき、徐々に力を持ち始めます。
こうして功翔成立から220年、ようやくこの[晴れ傘]という組織が誕生したのです。
彼らの教えは、こうです。
『神から賜った命と魔法の力、この二つを無下にするということはどのような場合でもあってはならず、功翔の法は恥ずべきことをしている。この法は変えるべきだ。』
…生命の重みを十分に理解していますね。多少の考えの偏りはあれど、このような考えこそが人々のあるべき姿なのでしょう。
こんな普通の考えすらなくなってしまった
功翔という国は、既に狂っていたのです。」
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