番外編 ばけもの その4
久しぶりに研究所に行きました。
スパイやめたいって言ったら、僕は、焼却炉に放り込まれました。
なんでも燃やせる大きな箱。完全に燃え尽きたかどうか、外からも見える仕組みです。
僕も何度か、そこでナニカが燃やされるのを見たことがあります。
たいていは既に死んでいたけれど、そうじゃないものもあって、すごく怖かった。
その中に入ることになるなんて、驚きました。
連行される途中、僕ははじめて気づきました。
僕は、誰に対しても、一切の攻撃ができないんです。
ひとりの人間の名と姿を生命を奪った罪悪感。
強すぎる自分の力への恐れ。
そういうのが、たぶん、僕にロックをかけてしまった。
振り払っただけでこの人は死んでしまうかも、と思ったら、殺されると分かっていても、なんの抵抗もできなかった。
へっぽこの宇宙船みたいな焼却炉の内側。燃焼スイッチが入ると、一気に熱くなりました。
痛くて苦しくて、僕は悲鳴をあげました。
声は外には聞こえません。だから思い切り叫びました。
いたい、あつい、いたい……!!
ここで終わるのなら、アヤトさんのMVあと1000回見ておくんだった!!
と思ったら、アヤトさんが来ました。
三鷹おじいちゃん直伝の格闘術で、職員さんをなぎ倒して。単騎で。
危ないですよ。ここ、最深部に近いですよ。どうやって来たんですか。
僕の声は届かない。それに、声が出せる状態を過ぎていた。僕はいい塩梅にミディアムで、人間のかたちを保てなくなっていた。
アヤトさんが燃焼スイッチを切る。内部に消火剤が噴出される。
真っ白になった視界が、換気でゆっくりきれいになっても、1000度を超える焼却炉内部はすぐに冷えない。
アヤトさんは頭から何度も水を被った。その後で、防護服を見つけてカッパみたいに羽織った。
着方、違ってます。前は二重に留めるんです。顔も覆って、目元だけ透明シートが来るようにするんです。
そんな着方じゃ、防護服の意味がない。
「くうっ! あっちい、飛び込んだら死ぬなこれ!
手を伸ばせ! 引っ張り上げる! 新司、来い!!」
上部の蓋を開けただけでも、アヤトさんは熱気に晒されたはず。
肌が赤くなってる。火傷したんだ。
そんな状態で、アヤトさんは限界まで、中に手を伸ばしました。
僕は、にゅるんと手だったところを伸ばし、アヤトさんを掴みました。
アヤトさんは強く顔をしかめました。僕自身がすごく熱かったんです。
それでもアヤトさんは離さなかった。
アヤトさんは僕を引っ張り上げ、外に放り投げて、自分にも僕にもばしゃばしゃ水をかけました。
蓋を開ける際。熱気を浴びた際。僕に触れた部分。アヤトさんはあちこち火傷していました。
アヤトさんは全身が商売道具なのに。痕が残りませんように。
どうにか触れるくらいの温度になった僕を、アヤトさんは強く抱き締めました。
僕、今、ぐちゃぐちゃですよ?
こんなに声を上げて、こんなに顔をぐしゃぐしゃにして泣くアヤトさんを見たのは、はじめてでした。
あの時はわからなかった、言葉の意味。
僕、アヤトさんに出会えてよかった。
神様、ありがとうございます。
研究所、ほどなくして潰れたらしいです。
あ、物理的にです。
三鷹おじいちゃんは、僕のことをとても可愛がってくれていて、今回の件でおじいちゃん、キレたそうです。
どうやって、あの大きな建物を瓦礫の山にしたのかなあ。
三鷹おじいちゃんもアヤトさんも詳しく教えてくれなかったので、それ以上聞きません。
僕は頑丈です。一週間で、もとどおりです。
いっぱい食べて、お水ごくごく飲んで、燃えた部分を足しました。ごはん食べるのは大好きです。
僕は、人間でいう毒とか、そういうものが反応しません。石ころでも食べられます。マズイです。
おいしいものが好きです。
三鷹おじいちゃんが、御馳走を毎日山盛り食べさせてくれたおかげで、治りが早かったんだと思います。
「なあ、新司。デフォ以外に変化できんの?」
介音綺人が表舞台に復帰後、初の全国ツアー。
宿泊先でそんなことを聞かれて、僕は書類整理の手をいったん止めました。
「できますよ?
体積は変わらないので、長身過ぎる人や子どもは無理ですけどね。
微調整すれば、ヒトガタならだいたい可能です。
ヒトガタを崩すのはできないみたいです。基本形が固定されちゃったのかな」
「もしかして、俺にもなれたりする?」
わくわくしているアヤトさんの期待に応えたくて、僕はやってみました。
『望月新司』の形を崩すのは、そんなに難しくありません。
脳内にある、おびただしい情報から別の人間の形を引っ張り出します。
アヤトさんの情報は、僕の大半を占めているので、簡単でした。
「こんな感じでしょうか」
見目、身長、声、体格。アヤトさんは僕より身長が高くて体つきがいいので、おなかの中身を少し減らして形成します。
声が難しかったけど、ものまねタレントよりは似ていると思います。
服の胸囲がぱつんぱつんです。前ボタンちぎれそう。
「うおお! すげえじゃん!
マジで俺だわ……」
アヤトさんがぺたぺた触ってきて、僕は嬉しくて、にはーっと笑いました。
アヤトさんは嫌な顔をしました。
「俺の顔でその笑顔はやめろ。中身がお前だからしゃーねーけど。
動きとかも模倣できたりする?」
「演技とかダンスとかは無理です! 僕は僕ですから!
歌も無理です。会話程度なら似せられますけど、そこまでが限界です」
「それが聞きたかった! 会話はいけるんだな!?
次の会場あがりで、恩あるバンドさんが飲みに誘ってくれてて……。
頼む!! インカムで指示するから、代わりに出てくれ!!
カメラ回ってる訳じゃねえし、みんな酒はいってるし、多少ヘンでもかまわねえ!」
「アヤトさん、飲み会受けたんですか!? なんでそんなことを!?」
「俺がいける口だと思ってるみたいで、誤解する奴多いだろ?
あの人たちには、ちょっとそういう俺でいたいっつーか……」
アヤトさん、実は下戸です。
ウイスキーボンボンで酔っちゃう、かなりの下戸。
小さいころ、水と間違えてコップの日本酒を一気飲みして、病院に担ぎ込まれたことがあるそうで。
それ以来、アルコールはだめなんだそうです。
「頑張ってみますけど、バレても知りませんよ?
中身は僕なんですから」
「サンキュー新司! 愛してるぜ!」
僕は、人工の妖怪です。詳しい正体はわかりません。
僕は、ひとごろしでひとくいのばけものです。
けれど、二度と誰も傷つけません。
望月新司として生まれてから、僕はずっと、介音綺人の大ファンです。
そばで支える仕事をもらえた、世界一の幸せ者です。
どうか、僕の存在が、神様に許されますように。
番外編おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます