第12話 穿つ
岩嶽に人間の武器は効かないと思っていた。
それは、一般人でも持ち運べるような、頭で想像できる範囲であって。
大型バイクで体当たりとか、なに考えてんだあの人は!?
ぶつかる直前で乗り捨ててくれたけれど、ノースタントを目の前で見せられて血の気が引いた。心臓がまだ変な音を立てている。
「ぼーっとすんな巧貢!
今なら隙だらけだ、ぶちこめ!」
綺人に促されるが、巧貢は戸惑った。
綺人の言葉は正しい。今を逃せば次はない。
でも。効かない気がする。何故?
最初の一撃、あの手応えがすごく変で。
斬ったのに斬れていなかった。こんな感覚、どう伝えていいかわからない。
「タクミさん、どしたんですか?
……って、うわあ!」
ずべしゃ、と新司が転んだ。なにか踏んで滑ったようだ。
思わず手を差しのべようとして、巧貢は反射的に引っ込めた。
新司がガーンとしているが、それどころではなかった。
新司が踏んだのは、岩嶽の表皮。みたまで削られて散ったもの。
巧貢は、岩嶽はああいう外見の鬼だと思っていた。表皮が固いのだと、それ以上深く考えていなかった。
削れた黒い欠片が、呻き、すすり泣き、嘆いている。
共鳴する。巧貢の内部、感染が進む奥の奥が気持ち悪く反応する。
『こわい、いたい、いたい』
『くるな、いやだ、あああ』
『やめて、もういや、くるしい』
『だれか』
『たすけて』
石炭のようにごつごつして見える岩嶽の体躯。
黒い部分は表皮ではなく、岩嶽が狩った人間の角……?
岩嶽の頭だけは、角以外たるんだ表皮で黒くない。ごつごつもしていない。
高城は、死んだとたんに角だけ消えた。
岩嶽に感染したら、そうなるのではないだろうか。
太く大きく育った角が、死とともに岩嶽のもとに行って。
岩嶽はまるでアクセサリのように、狩った証を体に貼り付けて。
『みつるぎは一撃必殺の刃。
ひと太刀でひとつ、まとめて斬れば一度に複数。
確実に命を斬り伏せるものじゃ』
三鷹の誇張かと思ったが、みつるぎは正しく機能していた。
岩嶽はただ固いだけじゃない。初太刀で斬ったのは、表皮と化した哀れな魂。
もしかしたら、山本も、高城さんも、あいつの表面に……?
「綺人さん!
黒い部分を攻撃してもだめです、あれの下を斬らなきゃ通らないんです!」
「おう、了解!」
綺人は、ぐらついて動けない岩嶽の正面に立った。
本来、むき出しの頭部が弱点なんだろうが、3mという身長に守られて手出しできない。
なら、テストしてやろうじゃねえか。
「あらわれよ、みたま」
残り時間はあとわずか。撃てるのは三発くらいか。
綺人はみたまを片手で構え、狙いを定めた。
構えが様になった綺人の立ち姿。まずは一発。
「右目」
散々逃げ惑って乱射して、やっと掴んだみたまの特性。
見定め、集中し、銃口を向ければ、
ぶしゅ。
『 ぶおおおあああああぅ 』
必ず当たる。遮蔽物がなければ。
自ら軌道を曲げ、どこまでも目標を追いかける自動追尾システム、それがみたまの力。
皮膚で隠れた小さな目でも易々と射抜く、必中の銃。
「左目」
『 ぶおおおお おおおううう 』
怪異を穿つ銃が残る左目も潰し、岩嶽の視界は閉ざされた。
岩嶽は空気を震わせて絶叫した。両手で顔を押覆い、どずん、と両膝をつく。
黒い部分が鎧だったとはな。お前、服のセンス最悪だぜ。
ラスト一発。綺人はみつるぎの刀傷が残る横、岩嶽の下腹にみたまを撃ち込んだ。
綺人はただ逃げていたのではない。無意味に乱射していたのではない。
巧貢が斬りつけられる高さ、岩嶽の下っ腹に集中して撃った弾の跡が、熱せられてよく見える。
ほどよく傷つき脆くなったところへ撃ち込まれた銃弾は、黒い鎧をぼろぼろと崩し、本体の腹、灰色の柔い肉をむき出しにした。
すうっと意識が落ちそうになり、綺人はなにかの袋の束に尻餅をついた。
タイムオーバー。みたまを使いきったか。
「巧貢、やれ!」
お膳立ては完璧。あとはみつるぎで斬りつけるだけ、だったのに。
「あ、う、……ああっ! 痛い、目が痛い、いたい……っ!」
両膝をついて顔を覆う巧貢の姿は、岩嶽とまったく同じだった。隣で新司がおろおろしている。
しくった。綺人は舌打ちした。
巧貢は岩嶽に感染している。高城の画像の時のように、いつ共鳴してもおかしくない。
本人に自覚はないようだが、あの共鳴で巧貢の感染は一気に進んでいる。
巧貢のやつ、こんな時に岩嶽本体と共鳴してやがる!
意識を失う覚悟なら、あと一発みたまを撃てる。
しかし、この状態で岩嶽が息絶えれば巧貢は道連れ、あるいは精神崩壊だ。
時間がない。体力も余裕もない。あと一撃で獲れるのに!
「……、……あれっ」
巧貢は顔を上げた。
さっきまで頭が黒い霧で埋め尽くされて、両目に激痛が走ってたのに。急に平気になった。
頭がすっきりしている。それどころか、やる気がみなぎるような。なんだろう、心が昂って体が軽い。
「アヤトさん!!」
新司が悲鳴のように叫んだ。
歌が聞こえる。とても軽快な歌だ。
心から楽しそうで、喜びに溢れていて、背中を押してくれるような。これは応援歌、人間賛歌だ。
「出力、出しすぎです!! アヤトさーん!!」
綺人が歌っていた。
スポットライトもステージもない砂利の上で、微笑みながら歌っていた。
目を閉じて、すべてを歌に集中して。時折どろりと口の端から血がこぼれても、歌には微塵の陰りもなくて。
背中を、押してくれている。
巧貢は岩嶽に向かって走りこんだ。
自分がすべきことは、たったひとつ。
「あらわれよ! みつるぎ!」
肩の高さまでみつるぎを振り上げる。動きは腰から。腕だけではなく体全体を使うように。
腰を引いて、ただ振り下ろす。刀の重さに任せて、まっすぐ勢いよく、躊躇いなく!
むき出しの肉を裂いたみつるぎは、確かな手ごたえを巧貢にもたらした。
切り裂く感触、魔を打ち破る力。斬った傷のみならず貫通する霊力。
『 ぶご おお お ん …… 』
岩嶽の腹に大穴があいた。
ゆっくりと倒れてくる上半身を巧貢が避けると、鬼は地響きを上げて砂利に突っ伏した。
岩嶽の体から、音もなく黒い煙が上がる。体躯が少しずつ崩れていく。
途中から一気に瓦解して土くれの山になり、それもあっという間に溶けて消えていった。
地の鬼、岩嶽。獲った!
岩嶽の消滅とともに、巧貢の内側でくすぶっていた嫌なものも消え去った。
感染の脅威は去ったようだ。
「アヤトさん!
アヤトさん、アヤトさん!!」
新司の涙声にはっとする。
綺人は歌ったらダメージが来るはず。
綺人は!?
「アヤトさん、起きてぇ……!!」
大量の吐血で服を濡らし、意識なく倒れる綺人の前で、新司が泣きながら綺人の名前を呼んでいた。
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