第11話 ビジュアル・インパクト
ばち、ばちちっ、ばち。
火花が闇に舞う。
刀鍛冶が槌で刃を叩くような光。
岩嶽の下腹には、くっきりと光の刀傷が刻まれていた。
『 ぶおあ ぶおああ おおおおん おおおおおん 』
岩嶽がたたらを踏んだ。初めて、岩嶽が痛みを感じる動作を見せた。
効いている。効いたと思う。でも。
岩嶽はまだ動けていた。目の前の巧貢を潰すくらいは十分に。
ぶん、とふりあげられた巨大な拳を、この距離で避ける手段は巧貢にはなくて。
どだあぁん!!
岩嶽が打った下に巧貢はいない。
全力で新司に突き飛ばされ、巧貢の身体は土台らしきものに当たって止まった。それはそれですごいダメージだった。
新司の身体も、巧貢とは別方向に数メートル吹き飛んでいる。
本当にギリギリだったのだろう。
新司の左足に岩嶽の拳がかすったのか。歪んで、潰れて、出血していて。
「新司さん!!」
「い、いたぁ、……。
タクミさん、今こっち見ないでくれると、嬉しい、です」
重傷を負いながら、それでも新司は青い顔で笑っている。
こんな時まで笑わなくていいのに!!
巧貢は、駆け寄るかどうか躊躇った。
岩嶽の注意はどこに向いている? 新司か、巧貢か。
かん、がきん、かーん!
三連続の固い音。岩嶽が後ろをぐりんと振り返る。
綺人のみたまが岩嶽の注意を引いた。
岩嶽の知能は低い。動くもの、攻撃してきたもの、ターゲット。その場で気になったほうへと動く。
綺人に向かっていく岩嶽を確認し、巧貢は新司に駆け寄った。
「新司さん、足が、足がすごいことにっ、すぐ病院へ行かないと!」
「だいじょぶ、です。僕はその、……へいき、なので」
「どこが平気なんですか! え、ええ、うわ!?」
にゅる、にゅるる、くちゃくちゃ。
新司の足は、透明なゼリーのようなものに覆われていた。
不気味な水音を立てながら、ゼリーが潰れた足と一体化し、……ぶるんっ!
大きく揺れたかと思ったら、足は元通りになった。
破れたズボンが血まみれでなかったら、幻覚かと思うくらいに。
「う~、痛い……。
気持ち悪いもの見せてしまってごめんなさい。怖かったですか?
僕は大丈夫です。痛いけど、まだまだ走れそうです。
頭の核が無事なら、僕、どこ潰れてもへーきなんで」
にっこり笑顔のまま、新司は左足を引きずっている。
治っても痛みは残るのか。
「心配、……します」
新司は『人間』ではないんだろう。
あとでちゃんと聞かせてほしい。
なぜ巧貢に伏せられていたか。戦う前に、新司へ驚愕と恐怖、偏見を抱かせないため?
そんなの、ちゃんと説明してくれれば納得したのに。
「新司さんは、僕を守ってくれました。
治っても痛いなら、心配します。
あなたがなんであっても、僕は心配しますから」
新司は大きく目を開いて、それから、にぱあっと笑った。
太陽のような笑顔、これはきっと演技じゃない。
すごく嬉しそうで、喜びがだだ漏れで、わんこみたいに尻尾を振る幻影が見える。
このひとは、きっと、こういうひとだ。
無意識のうちにしまっていたみつるぎ。残り何秒だろう。
10秒以上使った気がする。残り15秒と思っておこう。つまりはあと一撃が限度。
みつるぎは確かなダメージが入ったけれど、奥まで届かない、変な手ごたえだった。
綺人がトリッキーな動きで逃げ回っている。みたまを温存し始めたということは、使える時間は残りわずかなのだろう。
綺人が一番動いている、体力がもたない。
ここまでやって、倒せる糸口がつかめないなんて。撤退すべきか?
「ちょ、おい、それはねーだろ!?」
綺人が叫んだ。
隠れようとしたユンボに先回りし、岩嶽がユンボを掴んだのだ。
巨大な化け物が重機を軽々と持ち上げる姿は、恐怖よりも絶望を感じさせる。
ぶん、と投げ捨てる。交通事故のような轟音とともに、ユンボが鉄屑になった。
「……」
綺人は数秒、無残に潰れた重機を眺めていた。
放心したのかと巧貢は心配したが、綺人の目は光を失っていない。
「巧貢! 新司! 一分、いや二分時間稼げるか!?
無茶振り悪ぃな、あとは頼んだ!!」
岩嶽に背を向け、綺人は全力ダッシュした。あちこちに隠れながらの全力逃走。岩嶽が綺人を見失う。
綺人がいなくなったということは、別の目標を探すのは当然で。
「タクミさん、こっち来ます。
二分、僕、なんとかします!」
「二分はちょっと無理だと思います!!
綺人さん酷いよ!?
みつるぎもあと一回なのに、時間稼ぐ方法が、あ、わっ」
新司は巧貢の手を引いて走り出した。
足を庇いながら走る姿が痛々しかった。
新司は、ワイヤーで束ねられた鉄骨のある場所まで走りこんだ。隠れるにはいい大きさだ。
と思ったら。
「う~…、ん、しょお!!
えーーい!!」
投げた。
岩嶽が投げでもびっくりする物体を投げた!!
攻撃したのかと思ったが、そうではなかった。
岩嶽の足元に、どんがらがっしゃんとぶちまけられた鉄骨の束。ワイヤーがちぎれ、あちこちに散らばった。
巨体が鉄骨を踏み、ぐらつく。後ろに下がる。足場が悪いと体躯を保てないのか。
「一分は稼いだと思います。回り込めば進めるって、すぐ気づかれるかな。
そしたら、走ってなんとかしましょう。
アヤトさん、絶対なんとかしてくれる」
新司の言葉には綺人への深い信頼があった。微塵も疑わない眼差し。少しだけ羨ましくなる。
親友みたい、なのかな。
巧貢と綺人は出会って数日。新司はさっき会ったばかり。
自分は、彼らにとってただの他人だ。
この戦いを乗り越えたら、僕は、彼らに少し近づけるかな?
「タクミさん、やっぱり回り込んできました! 走りますよー!」
新司が巧貢の手を引っ張る。
ばらばらに逃げたほうが生存確率が高まるのに、新司は決して手を放さない。
襲われたら、また巧貢を庇うつもりなのだろう。
「なんで、新司さんは守るばっかりなんですか!
その強さで、岩嶽に攻撃したらいいじゃないですか!」
「……っ、ごめんなさい、僕、
僕、……役立たずで、すみませ」
「何が役立たず、はあ、はあ、なんです、か!
僕が一番足、ひっぱってて、ぜえはあっ、新司さん、息、あがってない、すご、」
「それは普段からの走り込みです!」
「僕、明日から、ジョギングするっ……!」
逃げ惑っていると思考が馬鹿になるのか、会話がくだらなくなる。
すぐ後ろを怪物が追いかけているとは思えない、本当にくだらない内容だった。
無言で逃げるほど落ち着いてられない。とにかく話し続けていたら、お互いちょっと笑っていた。
「タクミさんこそ、…はー、ふうっ、僕のことっ、こわくないんですか!」
「はっきり言っちゃうと、ぜんぜん、こわくない、というか、
なんか、かわいいですね、新司さんって!」
「かわいい!? 僕かわいいですか!?
わーい!!」
「そこ、喜ぶん、だ」
二分と二十秒。ちょっと遅かった。
大型バイクがエンジンをふかす音がする。フルフェイスメットを被った綺人の姿が、工事現場の入り口に見えた。
「二人ともよく持ったな、やるじゃん!」
ここまでの道中、三人はばらばらの交通手段を使っていた。
巧貢は普段使っている、悪路も平気なロードバイク。
新司は、全員乗せられる自動車。人目を避け、少し離れた場所に留めている。
そして綺人は大型バイク。幸運にも、すぐ近くに停めていた。
「危ねえからそこ動くなよ!
さあて、こいつ食らっても平気でいられっかな鬼さんよぉ!?」
車検を通していない改造車。プレートも偽造。いざという時捨てる覚悟はあったが、綺人のお気に入りでもあった。
エンジンの大幅チューニング。ギア比の変更。タイヤとサスペンションの交換。限界までの重量軽減。
乗り手の命を奪いかねない暴走バイクは、スタートダッシュも一般車の比ではない。
バイバイじゃじゃ馬、お別れだ。
猛スピードで突っ込んでくる鉄の塊を、岩嶽はうまく認識できていなかった。
「……っ!」
我ながら最高の離脱タイミング。綺人は受け身をとりつつ自画自賛した。
地面に叩きつけられ転がって、右肩がやられた。右でよかった。左が残ればみたまは撃てる。
派手に轟く破砕音。大型バイクは岩嶽に正面衝突、見事にクラッシュした。
岩嶽はぐらぐら揺れ、衝撃で眩暈を起こしている。
倒れるまではいかないか。綺人は舌打ちした。
ふと、潰れたバイクから勢いよく漏れる液体に気づく。
気化するまで少し待つ。5、4、3、2、1。
ぽい、とライターを投げる。綺人は喫煙者ではないが、持っていて損はないアイテム。
よく燃えろよ、と笑った綺人だったが、
……どおん!!
ちょっと間があったものの、けっこう爆発した。
いや、そこまでするつもりじゃ、
ばあん!!
火柱が上がった。闇夜の花火。一瞬でガソリンが燃え尽きた。音も光も派手過ぎた。
「……やべえ。
消防車が来る前にトドメって逃げるぞ!!」
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