第4話 三鷹 周明(みたか しゅうめい)
「乗ってきたチャリはそのまま駐輪場に置いてろ。
こっちこっち」
立体駐車場まで先導される。綺人の車は、いかにも芸能人らしい高級車……とは真反対の、可愛らしい軽自動車だった。
パールホワイトで丸っこいフォルム。手足が長いモデル体型の綺人が、窮屈そうに乗り込むのが似合っていない。
「なんだその顔。ニヤケんじゃねーよ。
好きなんだからいいだろ。
装備全解除してから乗れよ。シート汚れる」
車内というのは簡易の密室だ。動きながら維持できる密室。
綺人は再びサングラスを装着し、車窓から見える自分を最低限隠した。あるいは眩しかっただけかもしれない。
「頭がサイで、体が石炭みたいに黒くてごつごつしてて、身長が電信柱くらいねぇ。
ぜってー会いたくねえな。怪獣映画かよ。
ま、あの祠にいたのも、巧貢がマーキングされてんのもそいつで間違いなさそうだけど」
「やっぱりアレなんですか」
うたた寝の夢で見た、サイ頭の巨人。
綺人からの着信で目覚めなかったら、昨日が命日だったと言われて息が詰まった。
夢と現実は繋がりやすいらしく、夢であやかしに襲われれば現実でも死ぬことが多いそうだ。
「ガッカリさせちまうかも知れねえが、先に言っとくな。
俺、お前を助ける気、さらさらなかったんだよな」
行先を告げずに車を走らせる綺人に、巧貢は目をぱちくりさせた。
出会い頭に声をかけて、親切に連絡先をくれて、今もこうして車に乗せているのに?
「高城が死んだの、あの祠が壊れたのとほぼ同時刻だったんだわ。
高城、最近ヘンな感じするなと思ってた。やべーやつじゃねえかなって。
それと同じの纏ってるお前見つけて、思わず声かけちまっただけ。
俺にとってお前は高城の手掛かりで、生きようが死のうがどうでもよかった」
「じゃあ、どうしてここまでしてくれるんですか」
逆に腑に落ちてすっきりした。
彼の探すもののヒントが自分にあった。だからコンタクトをとっただけ。
祠のことは全部彼に教えたし、夢の内容も話したし、もう用はないはずでは?
「死にたくないって嘆く奴は山ほど見てきたけどさ。
『原因の端っこくらい掴んでから死にたい』は初めて聞いた。
ガッツあるじゃん、お前?
だから、原因の端っこ見てから死ねば成仏できるだろ」
「できませんよ成仏なんか! 無理かもしれないけど、生きられる限り生きたいです」
「ははは! そうそう、そういうとこ。
現実逃避せず、現状理解した上でビビりながら前に出ようとするとこ。
そういう人間、俺、好きだわ」
褒められたのだろうか?
機嫌よさそうに綺人が口ずさむのは自身の曲だった。
彼は人気ありそうなのに、調べた限りはそこまででもなかった。女癖のせいかもしれない。
「聞かなかった僕も悪いですが、今どこに向かってるんですか」
「あー、俺の師匠んとこ。
弟子と名乗れないくらい不出来な弟子だけどなー。
ガキの頃、自分の能力にぶん回されて死にかけてな。いろいろ使い方教えてくれたじーさん」
目的地は、綺人の恩人の家らしい。
巧貢の何倍も強くたくましく見える綺人に、そんな時代があったとは想像できない。
「お前に助かるチャンスがあるかどうかは、じーさんなら見抜いてくれる。
手遅れって言われてもへこむなよ」
「それは無理です。立ち直れないくらいへこみます」
「ははは、そりゃそーだ!」
自分で言ったのに、なぜか心は軽かった。
部屋で毛布をかぶって震えていた時はあんなに怖かったのに。今もやっぱり怖いけど、あの時とは比べ物にならない安心感があった。
誰かと話ができて、傍にいてくれる。それだけで落ち着ける。
もし突然死しても、この人は巧貢の家族に連絡くらいしてくれそうだし。
綺人が急にカーナビの電源を切った。
綺人は真剣な表情で、前のめり気味に進行方向を見つめている。
突然ハンドルを右に切った。そして急停車、急発進。一気にアクセルを踏んだかと思うとスピンしそうに左折。
シートベルトをしていても、巧貢の体が激しく揺すられた。
「綺人さ、もうちょっと安全運て、痛い頭うった!」
「ちょっと黙れ! 手順いっこでも間違えたら最初からなんだよ!」
綺人は叫びながら急ハンドルで右折して、また巧貢の体が流される。
「ここで直進……で、半円! おりゃ!」
「うわああ!」
車窓に思い切り側頭部をぶつけて涙がにじんだ瞬間、景色が一変した。
さっきまでどこにでもありそうな道だったのに、周囲は森だった。
地面は土、舗装されていない。じゃりじゃりとタイヤが小石を踏む音がする。
「うし、成功。
まったく、じーさんの結界抜けんの毎回緊張するわ」
三鷹 周明(みたか しゅうめい)の館。
介音綺人の恩人の屋敷は、大正浪漫を彷彿とさせる洋館だった。
かつて名を馳せた凄腕の退魔師も歳には勝てず、難解な結界の向こうに引きこもっている。
許可を持つ者が正しい手順で開錠の紋を描いて、やっと繋がる向こう側。
生で見る本物のメイドにどぎまぎする巧貢をよそに、綺人は慣れた様子で屋敷の男性に声をかけている。
事前にアポをとっていたらしい。ほどなく、二人は奥の部屋へ通された。
つんと消毒液の匂いが鼻をつく。
美しい壁紙と絨毯、アンティークな照明にそぐわない、最新の医療機器がそれぞれの音を立てている。
三鷹の身体のあちこちから管やコードが伸びていて、喉からはチューブが突き出していた。
瘦せ衰え、枯れ木のような体躯ながら、眼光だけは鋭くて。
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