春風作戦 ドイツ陸軍暗黒の日

「カエル野郎(フランス人)に遅れをとってきたがこれでそれともおさらばだ」


 ドイツの開発者は新しく完成した戦車を見てそう言った。


 カイザー戦車……オーベルシュレージエン突撃戦車を更に進化させ、前面に40mmの傾斜装甲を取り付け、側面にシュルツェン(追加装甲)を設置し、史実では幻に終わったⅢ/Ⅳ号戦車の姿に酷似していた。


 見た目はパンターの車体を小型化し、Ⅲ号戦車の砲塔を取り付けた物と言ったほうが適切であろうか。


 全重量は20トン。


 前面40mm、前面下部が20mm、側面は25mmの垂直装甲プラス5mmの追加装甲。


 エンジンは液冷式8気筒ガソリンエンジンで350馬力を確保。


 主砲には5cm長砲身砲で貫通力を60mm確保し、懸念だった榴弾がようやく撃てるようになった。


 重機関銃も1丁砲塔に搭載し、史実の第二次世界大戦中期でも十分に活躍できる代物となっていた。


 既存戦車で正面装甲を抜ける戦車は存在せず、105mmカノン砲の榴弾でも正面装甲は耐えうる防御力を誇っていた。


 しかし車体下部と側面、砲塔上部のキューポラが明確な弱点となっており、フランスの50mm砲の徹甲弾なら弱点を貫通することができた。


 そして車体重量が20トンと重い為、最高時速も30キロとフランス戦車に比べて遅く、砲塔も長砲身砲を搭載した影響で旋回速度が低下する影響を受けていた。


 砲塔自動旋回装置がドイツ戦車には搭載されておらず、手動で砲塔を動かさなければならなかったのだが……。


 フランス軍が新型車両に換装している間にドイツ軍も新型戦車の量産に至り、ドイツ軍参謀総長のファルケンハインは春の目覚め作戦実行の為に戦力を整えていた。


 戦車だけでなく戦闘機の開発も急ピッチで進み、300馬力のエンジンを2発取り付けたハインケル社製重戦闘機He16が生産された。


 最高時速は280キロとまだファルマン2爆撃機より遅いが、高い上昇力とエネルギー維持能力が高水準に纏まっており、現状唯一ファルマン2爆撃機を迎撃できる戦闘機に仕上がっていた。


 ただ単発複葉戦闘機の方は最高時速が200キロ超えるのがやっとであり、フランスの洗練された戦闘機に比べても50キロ近い速度差が現れていた。


 フランス空軍の撃墜した戦闘機を解析、研究しているがフランス航空機の機体強度を担保している金属素材が解析できず、コピーすら作ることができなかった。


 その素材は超ジュラルミン合金であり、ジュラルミン自体はドイツの飛行船でも使われていたが、より軽くて強度のある超ジュラルミン合金の開発には至っておらず、フランスが先を行っていた。


 またフランスはアルミニウム生産量がヨーロッパ各国と比べて多く生産しており、ジュラルミンを作るのにアルミニウムが必須なのでそれも有利に運んでいた。


 冶金技術でフランスがドイツを追い抜いた証拠であった。


 重戦闘機は速度が出るものの、小回りが利かない為、フランス戦闘機に撃墜されることも多々あり、撃墜比率はフランスが7機ドイツ軍機を撃墜している間にドイツ軍はフランス軍機を1機しか落とせないまでに航空戦力に差が出ていた。


 こうなると飛行船を投入しようにも制空権が取られていて出撃させたら撃墜されるため飛行船がフランス領空には導入できず、ロシアに対して爆撃するに留まった。


 ただドイツ軍が飛行船に期待していた戦果とは程遠く、コストばかりかかる兵器へと転落することになる。








 冬の間に起こった事と言えば二重帝国軍がやらかしていた。


 ルーマニアとロシアの近くにある山岳要塞の救援に10万の大軍を送ったのだが、冬季に標高の高い山々を登頂して攻撃するという馬鹿かと言いたくなるような攻撃……史実でも更に規模をデカくして実行した作戦はロシア軍から攻撃された事を認知できないくらい10万の大軍は凍死していき、生き残ったのは5000人にも満たないという最悪な結果が発生する。


 二重帝国が軍事的醜態を晒していたが、戦局は大きく変化すること無く春を迎える。









「春の目覚め作戦を開始する!」


 先に動いたのはドイツ軍であり、今度はイギリス軍とフランス軍の分断及びイギリス軍の殲滅を狙った春の目覚め作戦が開始され、イギリス軍とフランス軍の間の防衛陣地より新型のカイザー戦車を1000両投入しての大攻勢が始まった。


 フランス軍は即座に撤退を開始し、イギリス軍は抵抗を選択。


 ドイツ軍の目標であったフランス軍とイギリス軍の分断に成功したかに思えたが、攻勢に使う予定であった今や最精鋭部隊となった第一機甲師団と新設された第三機甲師団がドイツ軍の補給線を遮断するために動く。


 イギリス軍も新型のキッチナー駆逐戦車を使い、ドイツ軍のカイザー戦車の撃破を狙うが、正面装甲を貫通できずに、たまたま弱点の車体下部に命中した場合のみ撃破出来るにとどまり、イギリス戦車は次々に撃破され、恐慌状態となる。


 イギリス軍が想定以上に脆かった為にドイツ軍はイギリス軍の奥深くまで浸透するが、それを塞ぎ込むようにフランス戦車軍団が攻勢を開始する。






 一方ロシア軍はブルシーロフ将軍が立案した攻勢作戦ブルシーロフ攻勢が二重帝国軍に襲いかかる。


 攻勢距離100キロにも及ぶ大規模攻勢に二重帝国軍はどこに援軍を送れば良いか分からなくなり戦線は崩壊。


 ロシアの攻勢に合わせてフランス軍も残りの戦力で南部ドイツ方面から春風作戦を発動。


 これも攻勢距離100キロ超えの大規模攻勢であり、60万人以上の兵士が投入された大規模攻撃である。


 今回は縦深戦術が採用され、ドイツ軍の前線作戦地域全域に砲弾と航空攻撃によるに爆撃が行われ、一時的に指揮系統が麻痺した瞬間に作戦全地域での多重突破が行われた。


 新設された第二機甲師団、第四機甲師団、第五機甲師団が敵塹壕網を損害度外視で食い破り、ドイツ国内に浸透。


 ドイツ軍は最新のカイザー戦車が春の目覚め作戦に集中投入されていたため他の地域では既存戦車で対抗するしか無くなり、工場の疎開により生産量が下がっていた各種武器や兵器が前線で足りなくなる時代が発生。


 稼働率の下がったドイツ軍に対してフランス軍は猛然と襲い掛かりドイツ前線は30キロ後退。


 フランス軍は無制限浸透を開始し、ドイツ軍の作戦司令部をも鉄の洪水が呑み込んだ。


 このフランス軍の春風作戦によりドイツ参謀本部は春の目覚め作戦を中止し、防衛線の再構築を目論むが、フランス軍の侵攻は一切止まらずにバイエルン州までもが陥落し、ドイツ南部地域を失う結果となる。


 一方二重帝国はロシア軍により150万人を超える兵士を失い、戦闘能力を喪失。


 イタリア軍に参戦されたことで講和を選択し、ドイツに先立って降伏。


 直後二重帝国は各民族の独立戦争が勃発し、内戦状態に突入する。


 勝利したロシアも国内で早期講和を唱える集団によるデモに憲兵隊が発砲した事で内乱が発生。


 ロシア皇帝が退位して臨時政府が樹立する混乱が起こる。


 そして戦線を何とか整理したドイツは南ドイツを失陥した防衛作戦の失敗による損害が明らかになった。





「死者、捕虜含めて200万人……戦車1500両、航空機3000機、機関車250両、機関銃5600丁、火砲8000門の喪失……だと」


「第6軍司令、第5軍司令、第4軍司令との連絡途絶……第6軍司令部に航空攻撃を受けて司令のループレヒト王太子も戦死したとの報告が入っております」


「総参謀……これは……」


「陸軍及び航空戦力の3分1が消滅したことになり戦争継続は不可能です」


「早期講和……降伏を受諾するしかありません」


「……ちくしょう……どこで間違えた……」


「フランス軍の技術力を読み間違えたのが……」


「敗因は後だ! 講和に向けた準備をしなければ!」


 3月25日……ファルケンハイン総参謀はドイツ陸軍暗黒の日とこの日を呼んだ。




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