10. 騎士見習ブラン少年

 

・ ・ ・ ・ ・



 官吏用外交手形はしかし、なかなか出来上がってこなかった。


 騎士団長ガーネラ侯との会談から既にひとまわり以上も過ぎ、ベッカは市職員として通常勤務を続けている。



 そんなある日の、昼休みがじきに終わる頃。


 キノピーノ書店から戻ってきたベッカは、ひと気のない市庁舎一般受付前、長い廊下でうろうろしている、ひょろりとした男性に気付いた。



「なにか、お探しですか?」



 かけた声にふりっと振り向いた、高ーいところにあったのは、男の子・・・の顔だった。



「あの、お届けものの使いに来たんですけど」



 ひょろ長い体躯にあつらえたような、ひょろんとした若い声には、あどけなさすら混じっている。


 見上げるベッカは、ばかでかいがおたなの小僧なのだろう、と思った。



「受付口が開くのは、もうちょっと後ですよ。お届けはどこの課にですか?」


「いえ。職員のかたへ直接、なんです」


「そう。どなたへ?」


「ベッカ・ナ・フリガン侯です」



 ばちばちん、ベッカはまばたきした。



「僕が、そのベッカ・ナ・フリガンですが……」



 ぱこん、……でかい少年は口を四角く開けかけたが、すぐに真顔になった。



「ガーネラ侯から、書類と伝言をあずかってきました」



 ベッカはちょっと緊張した。


 少年を、すぐに上階の個人談話室へ通す。


 調査官としての仕事内容は、一応騎士団長じきじきの任務につき、他の市職員の耳にはあまり入れたくなかった。ベッカの机は板仕切りがあるだけの、総務課大職場に置かれているのだし。



「まずこちらが、フリガン侯の官吏用外交手形です。それと、ガーネラ侯からの伝言布が……」



 ずいぶんと質素な趣味の灰色外套、その内側かくしから取り出した布包みを談話室の卓上に広げて、少年は言った。



「お確かめください」



 かたく巻かれた羊皮紙の官吏外交手形に続き、ベッカは通信布のひも封印を解く。


 手形に仰々しく記された“特別調査官”という肩書をそのまま使って、騎士団長は文中ベッカに呼びかけている。



::このブラン・ナ・キーン君が以降、貴侯を護衛します。



 ベッカは通信布から、顔を上げた。



「じゃあ、きみが……?」


「はい。ブランです、よろしくお願いします」



 ひょこんと頭を下げて、卓子の向こうの少年は何でもないように言った。



「騎士見習と聞いているけど、……いくつ?」


「十五です。でも去年とおととしと、昇級試験に落ちちゃったので、まだ六級なんです」



――ルロワ侯ぉぉぉ! 僕の護衛なんかさせてないで、勉強するべきなんじゃないか、この子はーッッ!?



「……僕の護衛役実習をするという話は、ご両親も知っているのですか?」


「あ、はい、知ってます。がっつり頑張ってこいと応援しています」


「そう……。僕はお父様のキーン侯と面識はないのだけど、……お兄さんがいるんだっけか?」



 少年はうなづいて、父と兄ふたりの所属を告げた。父親はそこそこの軍属だが、兄はどちらも王室近衛でなかなか堅い。つまり、長男次男でキーン家の存続はゆるがない。


 どうにも出来の悪い三男には期待をかけず、やりたいようにのびのび成長させる方針ととれた。


 正面の男の子の顔を見すえる。


 やや濃い長めのもみあげが両脇をふちどる三角形の顔のさき、とがったあご先にちらちらとひげ頭がめだつ、まだ剃り慣れていないのだ。


 あわい栗金色の頭髪は大ざっぱな七三わけ、そのつややかさがこれまた子どもらしさを付け加えている。


 小さな褐色の瞳にかぶさる長い長いまつげ、どことなく山羊を思わせる、とろんと温厚な相だった。



「きみ自身は、どう思った? 僕の護衛について回るよりも、他の見習の子たちと修練をしたいんじゃないの?」



 正規騎士志望の見習にはおよそ見えない、ブラン少年の目を真っすぐ見て、ベッカは問うた。


 話してわかりそうな子だと思ったからこそ、ずばりと一番大切なところをただしてみたのだ。



「……皆と一緒でないのは、全然かまいません。同じとこの修錬生ってだけで友達じゃないし、そもそもみんな年下だし」



 少しうつむき加減になって、少年は言った。



「それに俺、よくわかんないんです」


「なにが?」


「このまま、ガーティンロー騎士になることです。本当にそれで、いいのかなって……。かと言って、他にやりたいことがあるわけでもないんですけど。そっちばっかり気になっちゃって、勉強してても何も頭に入って来ないっていうか」



――ぬうううう! 自分探し中の十五歳かぁぁ! 何てしろものを押しつけてきたんだ、ガーネラ侯とルロワ侯は!?



 ベッカは戦慄している。



「だからむしろ、フリガン侯の護衛をした方が、学校で教わらないことや今まで知らなかったことを、見られるんじゃないかな、って。俺は話きいてすぐ、やりたいですって言いました」



 ひょろひょろ口調に熱はこもらないが、一応本人はやる気らしい。


 ベッカはしぶしぶ、革鞄の中から携帯筆記具を出して、ガーネラ侯への返信をしたためた。



「それじゃあ、ね……。あさっての朝からついてもらいます。八ツ鐘にこの市庁舎門前出勤、お弁当持参。いいね」



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