7. 護衛なんか、要らないんだってば
「そう……これは、イリー世界の命運をかけた調査! ベッカ・ナ・フリガン侯、きみの使命は精霊使いの詳細をとことん調べ、できればその消息をもつかむことなのだ……!」
どどどーん!! 派手な見た目に権威をみなぎらせ、悲愴の面持ちでガーティンロー騎士団長はひくくのたまった。ああ、ひげの陰影がよけいに深刻さを醸し出している!
「はい、承りました。外交手形が発行されしだい、旅程を組んで市庁舎に特別任務出張を申告しますので、よろしくお願いします。それでは」
対照的にさばさば事務的に言って、すでに帰りがけるベッカのしぐさに、騎士団長と副長はかえってざわついた。ええっと、あの、重大使命を受けた余韻は?
「あ……ああ、はい、ええと……。それで経費はどんどん申告しなさい。この調査に関しては、費用に糸目はつけないことになっているからね」
調子を崩されても、騎士道的良心に沿って生きるガーネラ侯は狼狽しつつ言った。
「あ~、そうだ、フリガン侯! さすがにファダン辺境地へ、文官のあなたを一人で行かせることはできません。護衛役の騎士をつけましょう! ですよね、ガーネラ侯?」
副長は、ふいと騎士団長を見る。
「えっ? ……別に要りませんよ、護衛だなんて……。エノ軍下のテルポシエや、東部に行くんでなし、おとなりファダン領へ人の話を聞きに行くだけなんですから。正規騎士の
平らかに言ったが、内心でベッカは顔をしかめていた。
そう、ごっつい騎士になんて同伴して欲しくないのだ。特にガーティンロー騎士は他国の騎士に比べて基本装備がぴかぴかしている。明度の高い
それに何より、彼らとの比較によって、自分の低さふとさがよけい映えてしまうではないか。
「しかし……」
「ご配慮には、心から感謝いたします。けれど、なるべくこっそりと調べ回りたいのです」
「大丈夫かなあ……」
見かけに反して元来が素朴と言うか素直というか、おひと
「きみはいかにも、賊の
――ぎーっっ、うるさいなぁッッ。余計なお世話、いらないったら要らないのッ。
こちらも
「あー、そうだ」
副長ルロワ侯が、両手を胸の前でぱっと上向きに開けつつ言った。何ぞひらめいたらしい。
「私の知っている騎士見習の中に、じつに適役なのが一人おります!」
へっ? ベッカは眉をひそめた。
そう言えば、ルロワ副長の父・ルロワ老侯は、ガーティンロー修錬校長なのである。騎士教職の最高峰にある父のつてで、将来有望な若い準騎士たちとも面識があるのだろうか。
「腕っぷしが強いわりに、貧弱な見かけをしとりまして。あれなら騎士にも、傭兵にも見えません。調査にさわりなく、ひょろひょろ護衛してくれるでしょう。実習生のつもりで、お連れになってはいかがです? フリガン侯」
「待って下さい、見習の子なんて。僕は責任もてません」
ベッカは本気で焦った。いやーな感じが自分を取り巻く、十代後半なまいき盛りの体育会系男子がお供だなんて、ちょっと、かなり、もんのすんごぉく嫌だ! 冗談じゃないッ。
自分自身が準騎士、すなわち見習い騎士として修錬していた時代は最悪だった。
正規騎士を目指す者も、文官志望者も、修錬校では皆ごたまぜに学ぶのである。文官志望の中でも体躯と体力に一番劣るベッカは、あらゆる場面でいじめに直面した。
持ち前の機転と用心深さ、ひいては家の後光をうしろ盾にして、どうにかこうにか生きのびたのである。
にやにや笑って、高ーいところからいやみを言ってくるのは、ほぼ正規志望。彼らは概して文官志望を見下すが、最小ベッカは常に、黒ぐろとした視線の的であった。
――そんな奴らの一人が護衛とか、ありえないし!?
ベッカの内心の拒否反応を全く感知せず、ルロワ副長は続ける。
「いえいえ、基本優秀なので全くお気兼ねはいりませんよ。ただですね、ちょっと……。性格と言うか、気質の変わったのでして……。むしろフリガン侯について見聞を広めることで、あの子自身が成長できると思うのです」
「……」
「まあ、どうにも使えないようでしたら、いつでも放っぽり出して構いませんから。とりあえず、連れて行ってみてください」
微妙にしみじみ言うようなルロワ侯の口調に引っかかり、ベッカは眉を寄せたまま黙り込んだ。
練り香水の試用品をむりやりつかまされたような感じである。使わないんだってばー!
「それでは、ベッカ・ナ・フリガン侯。君を騎士団長直令の、特別調査官に任命します。今後よろしく頼みますよ!」
ガーネラ侯が嬉々として言ったことばも、ベッカの耳にとどまらず流れて行った。
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