6. イリー世界の命運をかけた調査

 

 今から三十年、……四十年前かもしれない。


 正確な時期は知られていないが、その頃アイレー大陸の極東部分、イリー都市国家群のずっと東方にある“東部大半島”において、迅速にして残虐な略奪行為をおこなう海賊が複数体、おこった。


 そのひとつ、かしらを“王”と呼ぶある一団は、またたく間に力をつけ、大規模な武装集団『エノ軍』へと成長してゆく。


 そしてついに七年前のイリー暦188年。“イリー東の雄”と称された都市国家テルポシエをやぶって、エノ軍はこの国をそっくり乗っ取ってしまったのである。


 彼らの侵略の勢いは増すばかり、翌年はテルポシエ西隣の小国オーランまでもが、エノ軍の手中におちた。


 大陸西部、イリー植民の源郷である文明発祥地ティルムンとの海洋貿易によって栄華を誇っていたテルポシエの敗退。それを、はじめ何かの冗談だと疑っていたイリー人達は、ついに“蛮軍”による危機に直面させられる。


 おもに傭兵達で構成されたエノ軍の西進を食い止めるべく、以西の都市国家からなる“イリー同盟”が、ここに強化された。


 矢面に立たされたファダン、その隣ガーティンローとマグ・イーレ、最西部デリアド、内陸部フィングラスによる対エノ戦線が敷かれたのである!


 そうして無血開城されていたオーランの主権奪回をひそかに試みたのが四年前、イリー暦191年の春。


 マグ・イーレ軍の一部が派手にエノ支配下テルポシエを攻撃し、その隙にファダン・ガーティンロー・デリアドも参加した混成軍がオーランを包囲。駐在していたエノ一個軍団を降伏させて、元首のルニエ公を解放した。



 ……ここまでは良かったのだ。


 しかし陽動の奇襲に対し、テルポシエのエノ軍はとんでもない怪物を召喚し、マグ・イーレ軍にけしかけてきたのである。


 小山ほどもある巨大な女、“赤い巨人”の出現であった。


 巨人は十数名のマグ・イーレ兵を殺傷した後に消えた。マグ・イーレ軍はほうほうのていで逃げ帰ったが、生存者たちの語る巨人目撃談を聞いて、イリー混成軍の面々はふるえ上がったのである!



「……この戦役以降、一般的な戦略展開に加えて、対“赤い巨人”策を各国騎士団は課題とするようになりました。巨人がエノ首領メインの使役する精霊なのかどうかについては、異論が飛び交っていますが……」



 冷静に語ってきたルロワ副長を、ガーネラが引き継ぐ。



「エノ軍の首領、メインがブリージ系精霊召喚士とされている以上は、精霊にまつわる何か・・であることは間違いない。だからしてメインに匹敵し、かつその支配下にない同等の能力者を、我々は渇望している。その力をこちら側に引きこむことができれば、巨人を押さえ封印し、メインを滅することが可能になるかもしれない。イリー都市国家群が有利に転じる」


「はい」



 ベッカは真面目な表情を変えずに、小さくうなづいた。全然驚かない打ち明け話である。


 “赤い巨人”のことは、平民相手には言えない国家・軍機密だ。箝口令が敷かれている。けれど市職員の文官とは言え、ベッカも騎士であるから、基本情報は得ていた。そこに加えて調べものが仕事の大半を占める彼にとっては、ひと以上に深いところを知るなんてお湯の子さいさいなのである。


 ……ここだけの話、知って後悔したが。次に登場したら、イリー全世界を滅亡させかねない大怪物がほんとにいるなんて……。


 剣も弓もきかない相手だという。それならこぶしも通用しないだろう、試した者はいないらしいけど。人間の常識の通じないところは、精霊と共通している。


 そんなものを征さねばならんとは、大難題である。別の精霊使いを探し出して対処させようという考え方はもっともだ、とベッカも思う。


 マグ・イーレ軍を率いる指揮官、“白き牝獅子”の異名をとる第二妃グラーニャ・エル・シエは、どうもティルムンから理術士隊の援助を得て、このでっかい敵にがちんこ勝負をふっかけようとしているらしい。


 確かに“理術”の力をもってすれば、どれだけ強力凶悪な大怪物であろうと、封じてしまえるのだろう。


 実際に理術のはたらく所を見たことはなかったけれど、ベッカも一般的なイリー騎士同様、その絶大な威力は最後の切り札にふさわしいものなのだろう、と考えている。



 ……しかし。最後の・・・切り札と言うからには、それを使ってただで済むものではない。



――これを機に、ティルムンがイリー世界の軍事政治に干渉を始めることになってしまったら……。それこそ、取り返しがつかなくなるぞ?



 かつてのイリー始祖たちは、ティルムンによって断罪追放された身なのである。


 命からがら逃げだしてきた所の元締め親分に、数世紀を経て再び首根っこをつかまれるような事態になってはたまらない!


 それを阻止してイリー国家の自治を確保し、また親ティルムン的なマグ・イーレを牽制するためにも、ガーティンロー騎士団長ガーネラは、どうでも精霊使いを味方にしたいのだ。


 この辺の軍指揮官の腹ぐあいも、ベッカはしっかり把握している。



――まあ、その精霊使いがいれば・・・、の話なのだけど。




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