5. 騎士団長の特別調査令

 

・ ・ ・ ・ ・



「……まったく予期しない方向で、ずいぶんと充実した調査をしてくれたようだね。フリガン侯」



 あかるく日の差す室内で、ベッカの前の男は言った。



「おそれいります」



 ゆったり大きめの角型腰掛に座したベッカは、軽く頭を下げた。


 どっしりした白木の机の向こう、ぱりっとした臙脂えんじの毛織上衣姿のガーティンロー騎士団長は、豊かに生えるひげを美しく整えた顔で華やかに笑った。


 口ひげあごひげは髪と同じく金色、しかし短く剃り上げた頬ひげはずいぶん色濃く、もみあげ方面へ続いている。


 伸ばしてみたら、さぞもさ苦しかろう毛深さであるが、見苦しいガーネラ侯なんて誰も想像できなかった。



「精霊使いのことを調べろとは言ったが……。敵首領父子、エノとメインの出生地域を仮定しての地勢風土をまとめるとは思わなかったよ。各種の精霊についても、ここまで広く網羅するとはね……! 民間資料をあたるのは、時間がかかったろう?」


「ええ。ですが、宮城きゅうじょうと市庁舎の蔵書は、すべて検閲済みの正イリー語文献ばかりでしたので。調査対象の性質から見て、外部にもたよる必要があると考え、非公式の流布本やティルムン版本も、参考にしました」


「……フリガン侯は、ティルムン語が読めるのですか?」



 机の横で、腰掛けに座していた騎士団副長ルロワが、ふわっと聞いてくる。ガーネラと同様の臙脂えんじの上衣を着ているのに、どういう具合だかこの人は地味な印象だ。と言うより、騎士団長の存在感がびかびか派手すぎるだけかもしれない。比較効果というのは実にふしぎなものである。



「はい。今回利用したキノピーノ書店には、ティルムン版本がたくさんあるのです。抑揚が難しいから話すことはできませんが、読むのは問題ありません」



 騎士団長と副長、壮年男性ふたりは感心のまなざしでベッカの顔を眺めた。



「また文献だけではなく、東部ブリージ系住民の皆さんにも、ずいぶんと協力していただきました。メインや父エノのことを直接に知る人は皆無でしたが、流入第一世代から語り継がれた話を統合すれば、精霊使いの拠点の位置情報に関しては、裏が取れたと思います」


「あいまいではあるが、ね……。この、“深奥部”という部分か」



 ガーネラは机上の筆記布の束をめくり、地図を探りあてた。ベッカはうなづいて、続ける。



「東部世界全体が荒廃する今、その拠点集落が現存しているかどうかは、定かではありません。ですが仮に存続していて、住民がいるとなれば」


「……我らが宿敵、エノ首領とは全く別の、精霊使いを確保できる可能性が大いにある……と言うことだね」



 ガーネラはベッカを、じっと見据えた。



「はい」


「……フリガン侯。そこへ到る道を、さらに的確に知るすべは、ないものだろうか……!」


「ありますよ」



 威厳たっぷり、苦渋の懊悩をこめて言った問いにあっさり返されて、ガーネラ侯はかくっと頭を振った。きみも、もう少し厳かに答えないか~?



「実は今日は、それについて進言をするつもりで参りました」


「進言?」


「はい。調査の手を、隣国ファダンへのばすべきだと思うのです」



 ガーネラ隣の副長が、興味を持ったらしい顔つきでうなづく。



「ファダンには東部ブリージ系流入民に、一時的な滞在を許している地域がありますでしょう? そこへ行けばより多くの情報を得られます。運が良ければ、深奥部から来た人にめぐり会えるかもしれません」


「流入民集落は、だいぶ人が減ってきたと聞いているが……?」



 首をかしげる騎士団長の横、うなづき続けながら副長が口を挟んできた。


「理にかなっていると思いますよ、ガーネラ侯? 東部流入民の行きつく先は北部穀倉地帯ですが、そこまで行かずともイリー世界の範囲内で、当事者たちに接することができる。……誰を派遣するかが、問題ですが」


「あ、よろしければ僕が参ります」



 騎士団長と副長は、きょとんとベッカを見た。



「ファダン騎士団長の許可がいると思うので、正式な外交手形を作っていただかなければいけませんが……」


「……いや、フリガン侯……。しかし君は、文官なのであって……」



 今度はベッカが、きょとんとして騎士団長を見る。



「別に危ない所へ行くわけではないし、戦うこともありません。正規騎士のかたより、僕が行ってしまったほうが手っ取り早いと思いますが?」



 両眼をばちばちしばたたかせて、……そしてガーネラ侯は、もわっと笑顔を咲かせた! 華やかを通り越して、暑苦しい感がある。



「実にその通りだ! さすがは、“東部女性殺人事件”を解決したフリガン侯! もう彼には、調査の真意・・を伝えても差し支えないと思うのだが……。どうだろう、ルロワ?」


「ええ、自分もそう思います」



 副長に地味な笑顔で賛同されたガーネラ侯は、その暑苦しい……じゃなかった、熱意をたたえた視線をベッカに向ける。



「ベッカ・ナ・フリガン侯。その若さにもかかわらず、粘り強い地道な調査で難問を解きあばき、市庁舎総務課の切り札相談役と呼ばれている君には、教えておこう……!」






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