第ニ章 ねじれた町

第15話

いびつな形の丘の上には、支離滅裂な町があった。

その支離滅裂な町の中には、ねじくれた人々が住んでいた。

醜くねじれた人々は、ゆがんだ家々に暮らしてた。

奇妙にゆがんだ家々は、折り重なって並んでた。

絡み合った家々は、斑らの影を路地に落とした……



僕がその町の入り口に立ったとき、最初に思い浮かんだのは懐かしい童謡だった。

「最初に宿を決めてしまいましょう」

僕の目眩にも似た白昼夢に、スタンは全く気付いていない。

僕はスタンの提案に躊躇いなく同意する。

すると彼は少し辺りを見渡して、宿のある場所のあたりをつける。

僕に声を掛けて、ゆがんだ道に入って行く……。

入り組んで微妙に傾いていて、まるで奥へ奥へと誘うような小道。

誰を?

所々剥げた石畳の上を、スタンは軽快に歩いていく。

「ああ、冒険者協会がありますね」

「どこ?」

「ほら、あそこです」

そういってスタンが、影に沈んで聳える建物を指さす。

その建物は奇妙な印象を僕に抱かせた。でも、それは一瞬で、すぐにその感覚は雲散霧消してしまう。

その違和感のあるように見えた建物を横目に、ぼくらはまるで大蛇の腹の中に自らもぐりこむようにして通りを歩いていく。

奇妙な建物が両脇に立ち並んでいる。一歩一歩歩みを進めるごとに、次から次へと姿を現す。ひどくねじくれて、いびつで、左右非対称で。

その中を、スタンはずんずん進んでいく。

まるで、行先が分かっているように。

間もなく、安宿についた。やはり、その宿も奇妙にゆがんでいた。

僕は周囲を見る。夕暮れには少し早い頃。

人々が通りを歩いている。ねじれた影が彼らのそばに控えている。長く長く伸びて、彼らの後をついていく。

人々も、奇妙に曲がっている。町と同じく。

「落ち着いた町ですね」

「そうだね」

「先ほどパン屋がありました。部屋を取ったらちょっと買いに行ってきます」

「うん。ありがとう」

「お安い御用です。まだ勝手の分からない町です。一人では行動しないでください」

そう言い置いて、部屋に荷物を置くとスタンはすぐに出ていった。働き者だ。

僕は、窓から景色を見る気になれなくて、ベッドに腰を下ろしてじっとしていた。

部屋は安いなりに手入れが行き届いているようだった。

きちんと掃除がなされていて、シーツも綺麗そうだ。

久しぶりのベッドでの睡眠を思うと、うきうきする。けれど……。

階段をギシギシ言わせ、建付けの悪い扉に悲鳴を上げさせながらスタンが戻ってきた。

「戻りました」

「ありがとう」

「しばらくはこの町に腰を落ち着けて、旅の疲れを癒しましょう。慣れない旅で、体中が悲鳴を上げています」

スタンが苦笑する。

僕も同意する。かたい地面で眠ったせいで全身にガタが来ていた。長時間歩いたせいで、足が特に痛い。

「明日から、仕事を探しましょう」

「あるかな」

「占いはどうします?」

「最終手段かな。とりあえず別の方法を探してみてから、ね」

「わかりました」

「冒険者協会で仕事を探すっていうのも一つの手かも」

「どんな仕事かによりますけどね」

「全ては明日になってから、かな」

「はい」

「いっぱいお金を稼いで、お風呂に入ろう!」

スタンがくすくす笑う。

「そうですね。目標があるほうがいいですから。滞在期間はどうしましょう」

「うーん。たぶん、適当に過ごしていれば、自ずとわかるよ。その時が来れば、僕らはこの町を勝手に出ていくことになる」

「そういうものですか」

「うん。そういうものだよ」

それから、質素な食事を終えると、ぐっすり眠りについた。ベッドは最高だよ。


翌日、朝早くからスタンは運動の為に出かけて行った。僕に、戻るまで部屋を出ないよう固く約束をさせて。

僕は、部屋の中で今日やることを考える。必要なものを買い足して、冒険者協会に行って仕事を探して。どんな仕事があるんだろう。僕に何ができるだろう。スタンがいると思うと、何でも大丈夫な気がしてくる。

だいぶ経って、汗をかいたスタンが戻ってきた。狭い二人部屋だから、スタンは僕の前で服を脱ぐ。

汗が雫になって汚れた床に落ちた。

「僕もちょっと運動しようかな」

「それは良いと思います。旅は体力がものをいいますから」

スタンが全裸になって汗を拭う。首筋を。両腕を。胸を。背中を。わき腹を。股下を。尻の間を。太腿を。膝裏を。両足を。

「おもしろいですか?」

スタンが僕の視線の動きに気付いて聞いてくる。

「うん、おもしろい。立派な筋肉だなと思って」

「お褒めに預かり光栄です」

スタンがおどけて言う。

「まだまだ育っていませんが、気になるのなら触ってもいいですよ」

スタンがイタズラっぽい光を両目に湛えて僕に言う。

「僕もこれくらい筋肉がつくかな」

誘惑に抗えずペタペタ触る。

「これ以上を目指すのなら体質と食事と運動量にもよりますが、この程度であれば誰でもつきますよ」

「そうなんだ」

「ただ、嫌々やっても続きませんよ」

「そうだよね。スタンは嫌々やってるわけじゃないんだ?」

「私の場合はあなたを守るという目的がはっきりしておりますので。それに自分を追い込むのはなかなか楽しいです」

「すごい」

「あなたも、必要と思えば自ずと始められます。もし本気で始めようと思うのでしたら、お声がけください」

スタンは僕の心の動きなどわかっているのだろう。逃げ道を用意してくれる。

「うん。その時はお願いします」

僕の決意は早くも揺らいでいる。

スタンが汗を拭き終わって服を着直すのに合わせるように、僕のお腹がぐぅとなった。

それを過たず聞きつけたスタンと一緒に、簡単な朝食を摂って、今日の予定を実行するために部屋を出た。


奇妙な町だった。縦横無尽に道が走っている。じぐざぐじぐざぐ。奥へ奥へ。道の先は奇妙に影に沈んでいる。

「僕、なんだかこの街の地理を覚えられそうにない気がしてきた」

「そんなに難しいです?」

「いや、なんとなく、そんな気がするだけなんだけど」

「私がご一緒するので大丈夫です。道を覚えるのは得意な方ですので、頼ってください」

「ありがとう」

「いいえ。さぁ、着きましたよ」

言われて顔を前に向けると、たしかにそこには冒険者協会があった。どういう道を通ってここにたどり着いたのか、僕にはもうわからなくなっていた。

「入りますか」

「勝手に入って大丈夫なの?」

「ええ。許可は不要です。営業時間内であれば、いつでも、だれでも歓迎しているので」

そういうスタンの後に付いて僕も扉を抜ける。

中はこざっぱりしていた。

大きなカウンターが目の前に。円卓一つに数脚の椅子で一揃い。それが何組か、部屋にちょうどいい間隔で並んでいる。

人はそれなりで、にぎわっている。


――ねじれた人々は、ゆがんだ家々に暮らしてた……


ふいに思い出す。

部屋の右手に大きな掲示板があり、色々な案内が張り出してある。係員が数名、テキパキと客というのか、冒険者らしき人たちの応対をしている。彼らはなんだか苛立っているようで、係員と少し大きな声で言い合いに近いやりとりをしている。

よく見ると、周りにいる人たちもなんだか落ち着きがないような気がする。僕はここにくるのは初めてだから、僕が知らないだけでこういうものなのかもしれない。ならず者まがいの人もいると以前に聞かされていたし。でも、嫌な空気だ。

壁には奥へ続く扉。左手側には二階へ続く階段がある。

ぼくはお上りさんよろしく、ついきょろきょろしてしまう。

「登録する前に、張り出している仕事の内容を見てみましょうか」

「うん」

僕はスタンにしっかりとついていく。ピリピリとした空気を感じとっていたから、無用の面倒事に巻き込まれないようにするためだ。

スタンが立ち止まったその横に並んで立つ。意外と依頼の数は多い。

「どう?」

「あまり多くは無いです。町自体が大きくないので、まぁこんなものでしょうか。単価の安い割に面倒な仕事ばかり、という印象です。危険な仕事もいくつか」

「どんな?」

「簡単な仕事は、荷物の運搬、空き家の解体、家畜の移送、臨時の警護と言ったところでしょうか。危険なものだと、街の周囲の魔物の駆除ですね。この街の周りは魔物がでるようです。町の外に出る場合は気をつけましょう」

「うん、わかった。気を付けるよ」

「あまり実入りのいい仕事がないようですが、背に腹は代えられませんからね。何か適当に見繕いましょう。力仕事でしたら私ができますし」

「僕に力があれば」

「適材適所ですよ。私は全然良いです。トレーニングにもなりますし」

「そういう前向きな考え方、いいよね。好きだな」

「もっと褒めてください」

「すごいすごい」

僕は茶化す。

「僕にもできそうな仕事は、うーん。というか、僕、特に得意なことがないんだった。早急になんとかしないといけない。スタンにおんぶにだっこはまずいから」

「まぁ、タイミング次第です。明日、もしかしたら良さげな仕事が張り出されるかもしれませんし。今日はとりあえず、登録だけしていきましょう。それから、直接係員に仕事がないか聞いてみましょう。張り出される前の、出来立てホヤホヤの仕事があるかもしれません」

「了解」

そうと決まると、僕らは二人でカウンターへ向かう。登録・変更・退会と張り出された座席には、中年の男性職員がいた。

「こんにちは。本日はどのようなご用件で」

「登録をお願いします」

スタンが対応を買ってでてくれる。

「かしこまりました。お二人ですか?」

「はい」

「注意点は一つ。怪我・死亡等の不利益に際し、冒険者協会は一切の責任を負いません。同意いただけない場合は登録自体ができません。いかがですか」

「了解しました」

「わかりました」

僕らは同時に答える。

「責任は負いかねますが、その代わり、依頼内容はある程度精査したものを斡旋しております。何か、依頼に関してご質問等ありましたらお気軽にお問合せください。これからお渡しする用紙にご記入を。文字は書けますか?」

「はい。大丈夫です」

それを聞いて職員の男性が用紙と筆記具を二人分机に滑らせるようにして出してきた。それを受け取ると、円卓へ移動して記入する。

名前など基本的なことしか書くことはなかった。最後に、怪我・死亡等の不利益に際し、冒険者協会は一切の責任を負わないことに同意する、という欄があった。

記入が終わると、カウンターに戻って職員に差し出す。

「依頼内容は入口入って右側の壁に掲示してあります。早い者勝ちとなりますので、ご注意ください。掲載期間が過ぎものは順次取り下げます。いくつか、掲示されていない仕事もございます。都度、お問合せください」

「何故掲示されないのですか?」

僕は気になってつい尋ねた。

「はい。掲示されない仕事につきましては、種々の理由がありますが、一つは、依頼内容のためです。未経験の方、知識のない方では達成できないような仕事の場合、こちらで適していると判断した人材に割り振るためです。また、冒険者協会では、依頼主の身元をある程度調べ、依頼内容に瑕疵・違法性がないことを確認して取り扱うことが決まりとなっております。それに対し、依頼を受ける人物をこちらで保証しないのでは、取引として公平性に欠くこととなります。よって、依頼主の特別な希望があるような場合に、最適な人物に割り振る目的のため、掲示板に依頼が張り出されない場合がございます。これが理由の二つ目となります。なお、お問合せいただければ、仕事の内容は公開できる範囲でいつでもお答えいたします」

「よくわかりました」

なるほど。色々と決まりがあるようだ。

「ちなみに、我々は昨日この町にきたばかりなのですが、仕事を探しています。あそこに掲示されている以外の依頼で、私たちにできそうな仕事はありますか?」

「新しく着たばかりの依頼につきましては、まだ貼り出しをしておりません。もしかしたら、本日持ち込まれた新着の依頼があるかもしれませんので、確認いたします。少々お待ちください」

そう言って、係の人が壁の扉から裏へ下がる。

僕らは戻ってくるまで、再び空いたテーブルに腰かけて待つことにした。

しばらくして、僕らは奥の部屋へ通された。

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