第39話 古沢は意外と純愛

 昼ごはんの弁当を食べ終わり、一息入れると急に眠気が襲ってきた。

 血糖値の変動が原因じゃない。昨夜、あまり眠れなかったことが原因だろう。


 伊緒は助けてくれるって言ったけど、根本的には俺が何とかしないといけない。


 もし、綿矢さんとちゃんと話す機会が来た時にどう話すかなんてことを考えていたら、思考が無限に広がっていつまでも寝付くことができなかった。


 とりあえず、午後の授業が始まるまで少し仮眠をしよう。


 机の上を片付け、枕の代わりの腕にハンカチを置いて顔に服の跡が付かないようすれば準備完了。


 お腹が満たされている満足感と眠気が合わさり、目を瞑ると一気に意識が――。

「丹下、ちょっといいか」


 夢の世界への入場ゲートを潜ろうとしたタイミングで現実に引き戻される。

 混濁した意識のまま顔を上げると俺の席の前に立っているのは古沢だった。


「な、何だ?」


 何もやましいことなんてないのに心拍が上昇。きっと、伊緒が古沢が俺を敵認定してるなんて言ったからだ。


「今、暇だろ。ちょっといいか」

 そこまで言うと、古沢は俺の顔に近づき声を潜めて続きを言う。

「教室じゃまずいからちょっと場所を変えよう」


 古沢に連れられて、やって来たのは廊下の突き当りにある階段横の倉庫の前。普段からひと気のない場所だ。


 あー、これボコられるやつか、カツアゲされるやつだ。


 ボコられるなら原因は身分をわきまえず綿矢さんと仲良くしたからってところか……。


 土下座で許してくれるかな。


 古沢が咳払いを一つしてから口を開く。

「綿矢さんと付き合ってるって本当か」「ごめんなさい」


「「……へっ?」」


 俺が綿矢さんと付き合ってる?


 俺も古沢も互いに状況がつかめないで間の抜けた返事をしたまま沈黙。


「ごめんなさいって、それは付き合ってるってことか!?」


 はっと何かに気付いたかのように俺の肩を掴む古沢。


「えっ!? 違うって、俺と綿矢さんは友達だっただけで、付き合ってるって仲じゃない」

「そうか、最近、ちょっとそんな話を聞いて気になって……」


 俺の肩を掴んでいた手から力が抜けていく。

 古沢の情緒が不安定な気がするが大丈夫だろうか。


「それは完全に噂だ。全然、気にすることない――」


 そこまで言ってから気付いた。

 俺と綿矢さんが付き合ってるなんて話が気になって、俺をこんな所に連れて来たってことは、やっぱり、古沢は……。


「俺さ、入学してからずっと綿矢さんのことが好きだったからさ。ちょっとでも距離を縮めたくて遊びに誘っているけど、なかなか来てくれないから、きっと、好きな人がいるのかななんて思っていて」


 急に語りだしたぞ。そんなことを聞かされてもこっちはリアクションに困る。

 それにこいつ意外と純愛ピュアだな。

 古沢の語りはさらに続く。


「俺、今度はグループじゃなくて、一人で綿矢さんのこと誘おうと思ってる。カフェとかいいと思うんだ」


 俺、この戦争が終わったら結婚するだみたいなトーンで話す古沢。

 こういうのがフラグって言うんだろうな。


「そっか、頑張れ。それじゃあ、俺は戻る」

「ちょっと待てよ。今、綿矢さんとは友達って言っていたろ。どうやって友達になったんだ」


 よく聞いてなかったか。〝友達だった〟だ。

 こっちはそのことで悩みに悩んでんだから。


「どうやってって言われても……」

「やっぱり、智慶祭の幹事を一緒にやってたからか?」


 二年以上、一緒にネットゲームの相棒をしてるなんて言えないし……。


 何かいい答えはないかと考えていると、古沢の目が見開き、口をパクパクさせて幽霊でも見たかのような表情になった。


 見開いた目の見据える先を確認しようと振り返ると、ガニ股で息を切らす一人の女子生徒。


「わ、綿矢さん」

「大丈夫? 丹下君がカツアゲされてるって聞いて」


 そんなことを言ったのは伊緒だな。

 これじゃ助けってよりも面倒な状態になってるだけだ。


「綿矢さん、違うって! 俺はカツアゲなんかしてない」

「そ、そう、ここにいるのはそんなんじゃなくて……」


 やば、この先なんて言えばいい? 下手なこと言うと古沢の気持ちがバレてしまう。


 俺は古沢の方をちらっと見て、この先はお前が言ってくれと合図をする。


 俺からキラーパスを受けた古沢もこんなパスをもらっても困るといったようで完全に浮き足立った。

 この間、コンマ五秒のやり取り。


「えっと、丹下に何がきっかけで綿矢さんと仲良くなったって聞いていただけで」


 正直だな。せめて、もうちょっとオブラートに包んだ言い方にしてくれ。


「べ、別に私たちはそんな仲がいいってわけじゃないし」


 一瞬こちらに視線をやる綿矢さん。


「うん、ただ、一緒に幹事やってたくらいで」

「いやいや、二人ともあんなに作業の時に息が合っていたり、意思の疎通がすごくスムーズだったりするのは一朝一夕じゃないだろ」

「「そんなこと全然ないから」」


 ぴったり重なる俺と綿矢さんの声。


 きっと古沢にそんな風に見えたのは、いつもゲームをしてる時の感覚でコミュニケーションを取っていたからだろう。


 「そうか……、本当に……」


 なにやらぶつぶつと呟く古沢を見ながら、何だか嫌な予感がしてきた。


「わ、綿矢さん、今日の放課後空いてる? 空いてたら俺と一緒にちょっとカフェでも行かない。俺、綿矢さんとゆっくりいろいろ話したいんだ」

「あっ、ごめん。今日の放課後はちょっと用事があるから。それに二人きりだとちょっと……。また、みんな行ける時があれば行こう」


 古沢の誘いを秒で断る綿矢さん。


 さっきのフラグ時点から嫌な予感がしてたんだ……。


「あっ、あ、そう、そうだよね。ごめん。困らせるようなこと言って……」


 いくら背景担当でもこういう場にいていいのか。古沢も早まらず二人きりの時に言ってくれたらいいのに。


 ほろ苦い青春の一ページの背景に俺がいたんじゃ画が汚れるだろ。


 キーンコーン カーンコーン


 古沢にも綿矢さんにもなんて声を掛けていいかわからなくなっていた俺をチャイムが救ってくれた。


 背中の曲がった古沢に続いて教室に戻る俺に綿矢さんがそっと囁いた。


「ちょっと話したいことがあるから、放課後、裏庭によろしく」

 

― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 次回は最終話、二人はどんな結末を迎えるのか……。

 ★★★評価、ブックマーク、応援、コメントよろしくお願いします。

 皆様の応援が何よりの活力でございます。

 次回更新予定は1月8日AM6:00頃です。

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