第37話 最善の一手
智慶祭が終わると翌日は片付けが始まる。
祭りはその準備の時が楽しいなんて言うけど、そのとおりで終わってしまうと物悲しい寂しさがある。
昨日、綿矢さんたちからお説教をされたばかりの俺は、祭りの余韻でメイドのコスプレをしている隣のクラスの女子生徒にわき目も振らず、外装展示の解体を進める。
ちなみに俺はメイド服は露出が多いものよりクラシックなタイプが好きだ。
外側の切り絵の部分は剥がして可燃ごみになるが基礎の部分の木枠は来年も使うので解体して指定された倉庫まで持って行く。
この片付けの仕事が終われば本当に幹事としての仕事は終了だ。
一応、責任者のような立場なので、うちのクラスの木材の片付けを倉庫で見届けて、完了したことを担当の先生に報告した。
倉庫から教室に戻るために校舎裏から渡り廊下に入ろうとしたところで賑やかに話すグループの声が聞こえて足を止めた。
俺のような日陰者を寄せ付けることのないクラスでも派手なメンバーで構成されているグループだ。歩いてきた方向からするとゴミ捨て場からの帰りといったところだろうか。
できるならあまり関わりたくない。
とっさに校舎の陰に隠れてやり過ごすことにする。
――綿矢さん本当に大変だったよな。
グループの真ん中を歩く男子生徒がそう口火を切るのが聞こえただけで、胸がホラー映画の予告を見た時みたいな小さなざわつきを覚える。
「丹下だけじゃ幹事の仕事が無理だと思って立候補して、ずっとお守りだろ」
「だな、デザインの説明なんかも綿矢さんばかり話してたし」
クラスの連中からしたらそう見えても仕方ない。それに綿矢さんや伊緒がいなかったら優秀賞を取るような作品にはならなかった。
「丹下も綿矢さんが優しくしてくれるからって調子に乗って一緒に帰ったりしてたみたいだし」
「ホント、綿矢さん、大変だよね。私ならマジ無理」
「それでも、嫌な顔や態度を出さない綿矢さん、マジ聖女様」
俺のことを下げて、綿矢さんこと上げるグループの面々。
そんなことを言われるのはわかっていたから別に何とも思わない。
ただ、聞いていて気持ちのいいものじゃない。
一度、来た道を引き返して回り道して戻ればいいやと考えたところで、女子生徒の発言が俺を引き留める。
「でもさ、智慶祭の日にあの二人、お化け屋敷で腕組んでいたって」
この女子生徒発言が呼び水になって雲行きが変わってくる。
「マジで」
「私も二人が休憩所であーんしながら食べてたって聞いた」
「うっそ」
「そういや、ちょっと前に綿矢さんが新宿でデートしてたって話も聞いたけどそれも……」
「あ、あの二人って付き合ってるとか」
動揺を隠せない男子生徒。
おいおい、あーんで食べさせ合ってるとか、付き合ってるとか俺が全く知らない話なんだけど。
まずいな。俺の耳に入ってこないだけで変な噂が飛び交い始めてる。
「これで、付き合ってない方が……」
「綿矢さんってモテるのにどうして丹下なんか」
「ねー、私も丹下はないわ」
「綿矢さんってなんでもできるから施しみたいな感じなんじゃない」
グループ面々が、マジでそんなことある等とふざけ半分で盛り上がる。
何も言えないし、何もできない俺は手が赤くなるまで強く握ったこぶしを小さく震わしているだけだ。
「それって自分よりできない奴を近くに置いて、自分がより輝いて見えるようにするってやつじゃない」
「それマジだったら、相当性格悪いよー」
そうじゃない。
綿矢さんがそんなことのために幹事をしたんじゃないってことも俺と友達になったってこともわかってる。
彼女が聖女様なんて呼ばれるのは、自分に優しくしてくれた、助けてくれた家族のために悲しくなるくらい自分を曲げて、抑え込んで作っているから。
俺は勝手にボッチでいて目立たない背景のようにしてきたから、俺が悪いように言われるのは何でもない。
でも、綿矢さんのことをそんなふうに言われるのは耐えられない。
俺は渡り廊下とは逆のもと来た道に戻った。
後ろから聞こえる手を叩いて盛り上がるあいつらの声が聞こえないところに一刻も早く行きたかった。
●
『ねーねー、タツ、今日の帰りのあれ冷たくない?』
クエストが始まって早々にアイリスから抗議の言葉が飛んできた。
智慶祭も無事に終わり、今日から再びアイリスとゲームをする時間が取れるようになった。
ちょっとだけブランクの開いた俺たちは今日は肩慣らしということで、ザコモンスターを倒しながら要求されているアイテムの採取をするというクエストをしている。
「俺、何かした?」
『何かしたじゃないよ。私が一緒に帰ろうって誘ったのに、今日は一人で帰るからって言って帰ったでしょ』
「もう、幹事の仕事も終わったから俺たちが一緒に帰ってたりしたら変に思われるだろ」
これ以上変な噂が流れないように今までより気を付けないといけない。
あの後、あいつらの言葉が何度も俺の頭の中で再生されて、その度に少量の毒を飲まされているような気分になっていた。
『えー、別にまだ、智慶祭の余韻を楽しんでるってことでいいじゃん』
「いやいや、もう、智慶祭の前に戻さないと。すぐに変な噂が飛び交うから」
『噂は噂でほっておけばいいよ。それにいざとなったら、友達ってことぐらいカミングアウトしたって――』
「それじゃ、ダメなんだ」
思わずアイリスを遮ってしまった。
俺の普段の様子と違う言葉に、へっ? と処理が追い付かないような反応が返ってきた。
「俺とアイリスの距離が近いことでアイリスのことを悪く言う奴がいるから」
『ちょっと、何言ってるかよくわからないんだけど』
「世の中には何にでも難癖を付けたい奴がいるんだ。アイリスは何でもできて性格がいい。だからこそ、ちょっとでも叩けるネタがあれば、それで叩きたいって奴がいるんだよ」
芸能人なんかのスキャンダルと一緒だ。好感度の高い人ほど何でもないような小さな事を大きく書かれる。
『じゃあ、タツは私のことを悪く言う奴がいるから学校では全く関わらないようにするってこと?』
「単純に言うとそんな感じ」
『ってことは、友達になる前に戻るってことだよね』
「えっ!? いや、そんな意味じゃ……」
今は智慶祭で関わることが増えたから波が荒立っているだけ。学校では難しくても休みの日にヒラソルで会うとかなら大丈夫なはず。
『学校では関わらないで、ゲームの
アイリスの冷静に落ち着いて話す言葉が冷たく俺の心に刺さる。
「友達を辞めたいとかじゃなくて、俺のせいでアイリスが悪く言われるのが嫌なんだ」
アイリスはさらに俺に説明を求めるように黙っている。
「こないだ話してくれただろ。優しくしてくれる家族のために後ろ指さされないようにしないといけないって。アイリスが今まで積み上げてきたそういう大事なものを俺のせいでダメにしたくないんだ」
アイリスからの返事はなく、微かに鼻をすする音だけが聞こえる。
綿矢さんがずっと守ってきた聖女様という姿。
それをこれからも守っていくことが一番最善の手のはず。
そして、俺にできる一番のことは一度きちんと舞台上から捌けること。
「タツのバカ、バカ、バカ。何が大事なものを俺のせいでダメにしたくないだよ。私の中で何が一番大事かは私が決める。それを勝手に決めるんじゃない」
そう言い切ると同時に、画面からアイリスの姿が消えて、ログアウトしたことを知らせるメッセージだけが表示された。
コントローラーを机に投げるように置いてヘッドセットも外す。
長く息を吐きながら、目頭を押さえた。
ヘッドセットから漏れる音が変わったことに気付いて顔を上げると、画面にはクエスト失敗の文字。
これがなんだか縁起でもない気がして思わずモニターの電源を切った。
― ― ― ― ―
今日も読んでいただきありがとうございます。
いよいよ物語は佳境へ……、二人はどういう結末へ向かうのか。
皆様の応援が何よりの活力でございます。
次回更新予定は1月6日AM6:00頃です。
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