第36話 智慶祭攻防戦③
「これで成仏できる」
右手に五平餅、左手にチョコバナナという不思議な組み合わせを交互に食べている伊緒。
臨時に作られた休憩所には昼前なのに屋台で買った食べ物で一息入れる人で賑わっている。
「その食い合わせ美味いのか?」
「知らないのか? 甘じょっぱいと甘いのループは加速度的にやめられなくなる」
「それなら、それ以上速度を上げないでくれ。俺の財布が悲鳴を上げる」
さらに伊緒の前には焼きそばも置いてある。これだけあれば祟られることも寝込みを襲われることもないだろう。
俺と綿矢さんは揃って柔道部が代々作っているというもつ煮を買った。屋外が冷え始めた季節にはもってこいだ。
このもつ煮は柔道部のOBから上質なモツを仕入れて、直伝の技で下処理しているということでまったく臭みがない。しっかり味のしみ込んだ柔らかいもつとたっぷりの野菜で温まる逸品だ。お好みで掛ける一味唐辛子も地元の内藤唐辛子を使っているところが憎い。
「このもつ煮すごくおいしいですね」
「柔道部が毎年出していて名物みたいだな。姉さんが美味しいから絶対に食べた方がいいって言ってたし」
「えっ、七海ちゃんのオススメ。ボクも買えばよかった」
既にチョコバナナと五平餅を完食し、焼きそばに手を伸ばし始めた伊緒が俺のもつ煮に視線を送る。
こいつ、もつ煮まで食べる気か。
「龍君、せめて、もつを一つでいいからちょうだい」
こちらを向いて、すでにもつ煮の受け入れ態勢に入る伊緒。
まあ、一つくらいなら――
「鷹見さん、どうぞ!」
俺が箸を逆さにしてもつを摘まもうとした瞬間、向かいに座っていた綿矢さんが身を乗り出して自分のもつ煮を伊緒の口に運んだ。
「これ、めっちゃうまいやつだ。焼きそば食べたら買いに行こかな」
伊緒が両手をほっぺに置いて、至福の表情で味わっている。
「別に俺のやつあげたのに」
「た、丹下君は成長期ですからたくさん食べた方がいいです」
「モツ一つでそんなに違うものかな」
「そ、それに前に言ったじゃないですか。あーんとかは友達同士じゃ……」
綿矢さんの声がフェードアウトしていき、代わりに顔だけじゃなくて耳までが朱くなる。
コラボカフェの時のことまだ根に持っているんだ。
そして、もつ煮を堪能して、そろそろどこかに移動しようとなった時。
「あれ、綿矢さんこんなところにいたんだ」
持っていたもつ煮の容器を机に置いて顔を上げると古沢をはじめとした猥談グループがいた。
そこそこのイケメンが五平餅を持ちながら立っている姿はなかなかシュールなものがある。
「今日は先約があるって言っていたのはこのメンツでだったんだ。どう、楽しんでる?」
先約? 俺は当日にこの二人に拉致られただだけど。
「はい、お化け屋敷は本格的でしたし、このもつ煮も美味しいのでお勧めですよ」
「そうか、幹事は手伝いがあったからまだあまり回れてないんだ。そうだ、このあと、講堂での催し物に一緒に行かない?」
古沢はまるで俺がここにいないように話す。
「ダメだ。この後は、射撃に行って、お菓子をたんまり確保しないといけない」
綿矢さんと古沢の間に伊緒が割って入る。
「そ、そうなんです。誘っていただきありがとうございます。古沢君たちも楽しんでくださいね」
「さあ、龍君、残っているもつ煮を食べて一狩り行くぞ」
伊緒に急かされて、もつ煮の残りを一気に食べた俺は盛大に
くそう、一味が底に溜まっていやがった。
●
お祭りの屋台でも射撃なんて数えるほどしかしたことがない俺の戦果はご察しのとおりであるが、お嬢様育ちの伊緒が上手いのは意外だった。
「射撃なんて普段やらないのに上手いな」
「そんなことないぞ。海外旅行に行ったときによく撃ってるから」
「実弾の方かよ。絶対に銃の感覚違うだろ」
「でも、銃の照準はちゃんとしていたので、実弾の経験が活きていたのかもしれません」
そう言う綿矢さんも俺よりしっかりと戦果を挙げている。
俺、ゲームでもFPSとか苦手なんだよな。
戦利品のお菓子を満足そうに持った伊緒たちと射撃をしている教室から出る。
「そういえば、さっき、古沢と話していてた時に先約がとか言っていたけど、いつ誘われたんだ?」
「たしか、三日前くらいですね。準備をしている時にたまたま二人になったタイミングがあってその時に」
「でも、それだと、今日、誘われた俺って……」
今の話を聞くと何だか古沢に悪い気がする。古沢はちょっとチャラいが悪いやつでない……と思う。
「それは、古沢より前にボクが三人で回ろうって雫を誘ってたんだ」
「なんで、俺には当日なんだよ」
「丹下君は早くから誘うと適当な理由を付けて逃げるかもしれないから当日まで秘密ってことだったんです」
その読みは当たっている気がする。事前に話されたら女子二人の方がいいんじゃないかとか言って断っただろう。幹事の仕事はしょうがないとして、それ以外は舞台袖に捌けていたいというのが俺のスタンスだ。
「やっぱり、龍君はアポなしで強引に捕まえるくらいじゃないと」
「今度からは事前に相談して」
「それはこれからの龍君の行い次第」
幹事をやったからって何かが劇的に変わるわけじゃない。智慶祭が終われば俺は通常運行に戻るだけ。となると、これからも綿矢さんたちの急な誘いは続くかもしれない。
ヴー、ヴー
バイブ音がメッセージ着信を知らせる。
『遊びに来たよー。龍ちゃんたちの作品の方に向かってる』
姉さんからのLINEには派手に動くキャラクターのスタンプが添えられていた。
そういや、友達と一緒に顔出しに来るって言ってたっけ。
「七海姉さんが遊びに来たみたい」
「ほんと!? 七海ちゃん来てくれたんだ」
「昨日のお礼をもう一度言わないといけないですね」
俺たちは射撃を催している教室の前から外装展示のある廊下へと向かった。
各クラスの作品が並ぶ廊下では作品の前で写真を撮ったりする人もいて結構賑わっている。
「龍ちゃん、こっちこっち」
姉さんが俺を見つけて手を振る。今、気づいたけど、学校で龍ちゃんって呼ばれるの結構恥ずかしい。
「七海ちゃん来てくれたんだ」
「昨日は差し入れありがとうございます」
姉さんに甘えるようにハグをする伊緒と丁寧にお礼を言う綿矢さんは行動だけ見ると親子のようだ。
「すごいのができたね。私の時をついに超えてきたって感じ」
「マジで、十年くらいは超えられないかと思っていたのに。弟君やるね」
姉さんに続けて話したのは姉さんの友人で……、うちにも遊びに来ていた気がするけど名前が思い出せない。
「あっ、えっと、ありがとうございます」
「もしかして、弟君、私のこと忘れてる?」
「すいません。思い出せなくて」
俺のきょどった態度で名前を忘れていることがすぐにばれてしまったようだ。
ギャルっぽい服装の姉さんの友人を一生懸命脳内で画像検索にかけるがヒットしない。
「陽菜ちゃんだよ。陽菜ちゃん。うちによく遊びに来てたじゃん」
――っ!?
「えっ、うっそ、俺の知ってる陽菜ちゃんって、眼鏡で三つ編みのイメージなんだけど……」
「高校の時はね。大学入ってから、今までやりたかったけどやれなかったファッションにしようと思って」
所謂、大学デビューというやつか。俺の中では真面目な委員長ぽいおねえさんだったのに今ではノリのいいギャルになっている。
今日の服だって、この時期にそんなに胸元が開いていたら寒くないですかっていう感じだ。すでに二度見以上しているけど。
「しばらく見ないうちに背も伸びたし、なかなかイケメンになってきたんじゃない? もしかして、そこにいる子って彼女?」
「ち、ちがいます。そういうのじゃなくて。普通に友達です」
周りには他のクラスの生徒含めそれなりの人数がいる。ちゃんと否定しとかないととんでもない噂になりかねない。
「それじゃあ、フリー? 彼女立候補しちゃおうかな」
にひーという笑顔を見せる陽菜ちゃんの顔は俺の記憶にある一緒に遊んだ頃のものと同じだった。
「ちょっと、うちの弟口説かないでよ」
「弟君、ウブな感じで可愛いから、つい」
てへっと舌を出す陽菜ちゃん。
「そ、そんな可愛いだなん――」
「丹下君」「龍君」
サラウンドで同時に呼ばれて、何事かと慌てる間もなく、右腕を綿矢さんに、左腕を伊緒に掴まれる。
えっ、何なに?
「雫、ここは友達として、きちんとお説教をしないといけないと思う」
「そうですね。事故が起こる前の予防的措置ですね」
「待て、俺、何かした?」
すると、綿矢さんが耳元で小さく囁いた。
「何度もちらちら見て、えっち」
だって、あんな風に胸元が開放的になっていたら見ちゃうって、普通の男子高校生なんだから。
「七海ちゃん、龍君をちょっと締めてくるから、その後でもつ煮食べに行こ」
笑顔でさらっと物騒なこと言うんじゃない。
俺はそのまま綿矢さんと伊緒によってドナドナされていった。
― ― ― ― ―
今日も読んでいただきありがとうございます。
明日からいよいよ最終章:祭りの後編です。
明日はちょっとストレス展開ですが、最終話までおつきあいをお願いします。
皆様の応援が何よりの活力でございます。
次回更新予定は1月5日AM6:00頃です。
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