第35話 智慶祭攻防戦②

 忙しく働いていると時間はあっという間に過ぎて、俺たちが実行委員会の手伝いをする時間は終了となった。


「龍君、この後はどうする? どこから回る」


 伊緒から掛けられた言葉に俺の動きと思考が停止する。


「笑顔でパンフレット配ったら、ほっぺが疲れたから空き教室か静かなところでゆっくりしようかと……」


 俺の返事を聞いた綿矢さんはマークシートのテストで解答がずれていたことに気付いたような顔でこっちを見る。


「雫、龍君ってこういう奴だからね」

「ええ、最近はだいぶ丹下君のことがわかってきましたが、まさかここまでとは」


 人を重度の病人みたいに言わないでくれ。文化祭を楽しく回るなんてキラキラしたことが似合わないのは承知している。


 とりあえず、自動販売機で温かい飲み物でも買おうかと食堂の方に向けて一歩踏み出した瞬間、俺の身体は反対方向に引っ張られた。


 ――っ!?


 俺の両腕が綿矢さんと伊緒にがっしりと掴まれている。


 ちょっ、それ以上強く掴むと柔らかいものが当たるから、特に綿矢さんは!


「えーっと、二人とも何してる?」

「せっかくの智慶祭ですから楽しみましょう」


 にこやかな聖女様スマイルで答える綿矢さん。

 俺は瞬時にこれは拒否権のないやつだと悟った。


「ボク、焼きそばと五平餅食べたいな」


 じゅるりと涎をたらかしそうな顔でいる伊緒。

 そんな風に言っても俺は奢らないぞ。


 外装展示も完成したことでお役御免とばかりに舞台の袖に捌けようとしていた俺は、こうして再び智慶祭の舞台上へと引っ張り出されることになった。


 焼きそばを食べるにはまだ時間が早いということで、パンフレットを持った伊緒が先導して連れてきたのはオカルト研究会、美術部、映像研究会が合同で催しているお化け屋敷だ。


 こいつ、俺がホラー苦手なのわかってて連れて来ただろ。


 このお化け屋敷、文化祭レベルじゃないという前評判で、入り口にはR12:小学生以下お断りと書かれている。


 クラスメイトの話だと、事前の練習で特殊メイクをした生徒がその姿のまま廊下を歩いていたらそれを見た先生がびっくりして、階段から転げ落ちたらしい。


 お化け屋敷に入る順番待ちをしている間にも教室から生々しい悲鳴が聞こえてくる。


 綿矢さんの手前、お化けが怖いから遠慮しとくと言わなかった自分が恨めしい。


 そういえば、綿矢さんはお化け屋敷は大丈夫だろうか。


「綿矢さんはお化け屋敷とか行ったことある?」

「私、こういうの初めてで。何かコツとかってあるんですか?」


 お化け屋敷のコツってなんだ。もし、あるなら俺が知りたい。


「雫、お化け屋敷っていうのは、これはフィクションだとわかっているのに驚いたり、思わず声が出ちゃったりするところの精神的なドキドキを味わうんだよ」


 真面目にもっともなことを言っているけど、絶対にそれ伊緒の適当理論だろ。


 お化け屋敷やジェットコースターなんて必要以上のスリルの摂取に他ならない。スリルは食べ過ぎると腹を壊すぞ。

 

 ――数十分後


「龍君、どうじでボクをおいでいぐの置いていくの


 目を紅くして、生まれたての小鹿のような足取りでお化け屋敷から出てきた伊緒は恨めしい視線をこちらに送ってくる。


「よかった。生きて出てきた」

「全然良くない。三人一緒だったのに途中でボクを置いて二人で先に行くなんて」

「置いて行ってなんかないぞ。気付いたら急に伊緒がいなくなっていたからこっちも驚いていたんだ」

「だって、龍君の服の裾掴んでるつもりでいたら、いつの間にか血まみれナースに変わっていたんだもん」


 途中で後ろから聞こえた伊緒の悲鳴はその時のものだったか。


「鷹見さん、そのナースもフィクションですから」

「知ってるよ! でも、怖かったの!!」


 ちなみに綿矢さんはお化け屋敷の中では、頑張って冷静を装っていたが、時々「ひぃっ」「きゃっ」というような小さな悲鳴を上げていた。


 おれが困ったのは、悲鳴を上げる度に俺の腕に抱き付き、その度にすいませんと言って離れることを繰り返したこと。


 綿矢さんは聞こえてなかったかもしれないけど、脅かし役の生徒から聞こえてくる舌打ちのような音が俺にとっては一番怖かった。


「龍君に置き去りにされたこの恨み。食べ物じゃないと晴らせない」


 俺の制服を掴んだ伊緒は口を小さくすぼませへの字にして、眉も垂れ下げている。


「どうしても、俺に奢らせたいらしな」

「恨みが晴れないと寝込みを襲うぞ」

「丹下君、早く恨みを晴らすべく、鷹見さんに何か奢ってください」


 まさか、綿矢さんまで伊緒の方に付くとは……。


「じゃ、じゃあ、さっき食べたいって言ってた五平餅な」

「甘じょっぱいだけだと成仏できない。チョコバナナも」


 さりげなく追加の要求を入れてくる。


「いつから幽霊になった!?」

「ここは鷹見さんを成仏させるためにも両方買いましょう」


 綿矢さんと伊緒が五平餅とチョコバナナの屋台の場所をパンフレットで確認し始め、俺は自分の財布の残高を気にし始めた。


― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

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 次回更新予定は1月4日AM6:00頃です。

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