第34話 智慶祭攻防戦①

 天高く馬肥ゆる秋というような気持のいい天気となった智慶祭の当日。


 実行委員会の手伝いということで俺は綿矢さんと伊緒と三人で受付の手伝いをしている。


 来場者に智慶祭の案内を渡すという簡単なものだが、どうも心ここにあらずというか落ち着かない。


 原因は簡単なことで、昨日の帰り間際に勢い余って綿矢さんの手を握ってしまうという失態をしたからに他ならない。


 どうしてあんなことをやってしまったんだ。つーか、少し前に伊緒にも同じようなことしてたし……。


 まずい、伊緒の時の反省が全く活かされていないじゃないか。


 炎上承知で言い訳をさせてもらえば、きっとこれは幼い頃から姉さんが俺にしてくれたことが原因だ。姉さんは俺が外で泣いていると昨日の俺のようにハンカチで涙を拭いてくれ、手を繋いで家まで連れて帰ってくれるなんてことがあった。その頃の思い出や姉さんのしてくれたことが今でも俺の中に生きているのだと思う。

 以上、言い訳終了。


 落ち着かない俺に対して綿矢さんはいつもと変わりない様子だ。


 もっとも、綿矢さんの場合、昨日に限らず、俺のお見舞いに来た日や放課後の教室で俺に抱き着いた日なんかも翌日には何もなったかのように普通でいる。


 俺が変に意識し過ぎなのだろう。陽キャな人たちにとっては日常茶飯事なことなのかもしれない。


「龍君、もっと笑顔笑顔。そんなんじゃ、子どものファンが増えない」

「いや、増やそうと思ってないし」


 小柄な伊緒を仲間だと思っているのか小さな子どもたちは俺よりも伊緒からパンフレットをもらおうとそっちに群がっている。


「鷹見さん、人気ですね」

「奈良公園で鹿せんべいをあげてる人みたいだな…………。まさかっ!」


 伊緒がパンフレットを渡してる姿をよく見ると、パンフレットと一緒に飴を子どもたちに渡しながら何やらささやいている。


「――それじゃあ、投票はよろしく頼む」


 こいつ!?


「こらっ、子どもを買収するな」


 軽くデコピンを喰らわす。


「痛っ、何すんだ」

「何じゃないだろ。飴で子どもたちを買収して外装展示の投票をお願いしてただろ」


 一年生の各クラスが作る外装展示は来場者の投票によって優秀賞が決まる。


 投票は今配っているパンフレットに付いている投票券でするのだが、それを渡す時に、子どもたちに投票をお願いしていたとは。


「せっかく、頑張って作ったんだから。やっぱり、優秀賞取りたいだろ」

「だからって、お菓子で買収はだめだろ」

「この飴は投票依頼じゃなくて、今日、智慶祭に来てくれたことへのありがとうだからセーフ」

「政治家みたいな言い訳しない」


 俺だって、できるなら優秀賞欲しいけど、こんなことしてたら各クラスの買収合戦が激しくなるだけだ。


「龍君、世の中綺麗ごとだけじゃない」


 伊緒が指さした方を見ると、他のクラスの女子生徒が俺たちと同じようにパンフレットを配っている。だけど、あっちは他校の男子生徒が多いような……。


「あの子たち、いつもよりスカート短くしてる」


 よく見るとパンフレットを渡す時に無駄に握手のような動作で渡してるようにも見える。


「龍君が飴を取り上げるなら、ボクと雫が一肌脱ぐことになるけどいい?」

「一肌脱ぐってそういうことじゃないから。あと、綿矢さんを巻き込むな」


 まったく、何を考えてるのやらと思って、綿矢さんの方を見るといつの間にやらパンフレットをもらう人で綿矢さんの周りに人だかりができている。


「龍君が雫の隣から離れたら一気に人が増えたな」

「俺を貧乏神みたいに言うな」


 ただ、この光景はちょっと凹む。


「あのー、パンフレット一つください」


 声を掛けられて、下に視線を落とすと、小学校の低学年くらいの女の子が手を伸ばしている。


「はい、どうぞ」


 パンフレットをその子に渡したのだが、その子の視線は伊緒の持っている飴の入った袋に向いている。


 お祭りみたいなものだし。ちょっとくらいはいいか。


「これもどうぞ」


 俺は伊緒の飴の入っている袋から一つ取り出すと女の子に渡した。

 女の子は笑顔でありがとうと言って近くにいたお母さんのもとに駆けて行った。


「龍君も悪に手を染めてしまったな」

「悪いことしてるって自覚あるんじゃねーか」

「なんのことやら」


 肩をすくめてすっとぼける伊緒。


「あと、俺は投票依頼してないからな」


 その後、俺と伊緒は飴とパンフレットを子どもたちを中心に配って回った。笑顔での対応は普段使わない表情筋を酷使しているようでほっぺが釣りそうなくらい痛い。


 あと、不思議なのは、伊緒の肩掛け鞄から次々に出てくる飴がいっこうになくなる気配がないことだ。


「なあ、いったい飴いくつ持ってきた?」

「秘密だ」


 俺の問い掛けに伊緒はフフッと不敵な笑みを浮かべて短く答えた。



― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 今日から智慶攻防戦を3回に分けてお送りします。

 皆様からコメントレビューもお待ちしています。

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 皆様の応援が何よりの活力でございます。

 次回更新予定は1月3日AM6:00頃です。

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